3つの海峡を越える新幹線計画、大橋の下に残る鉄道空間

2021.01.10

本州の神戸から、明石海峡大橋、淡路島、大鳴門橋を経て、徳島へと結ぶ神戸~鳴門ルート。

いま、山陽新幹線 新神戸駅や神戸三ノ宮と、徳島駅前の間を、高速バス(徳島バス・神姫バス・阪神バス・山陽バス)が2時間半で結んでいる。

この神戸~鳴門ルートは1960年代ごろから、新幹線が走る計画があった。大阪~淡路~四国~大分を結ぶ四国新幹線という、基本計画が描かれていた。

巨大な赤字を抱えていた国鉄はこの基本計画に手をつけられるわけもなく、神戸~鳴門、児島~坂出、尾道~今治の、当時の本州四国連絡橋3ルート案のなかでも、神戸~鳴門の新幹線(鉄道)計画は“非現実的”とみていた。

「経済効果で最も大きいのは神戸~鳴門ルート。技術的にいちばんかんたんなのは尾道~今治ルートで、次が児島~坂出ルート。経済効果は西に行くほど低くなる。ほんとうに決めにくくなっていた」と当時の建設省関係者が振り返っていた資料もある。

このころの政治的・技術的・経済的な都合で、淡路島の北側、明石海峡大橋は当初の道路鉄道併用橋をあきらめ、道路単独橋として着工。

いっぽうの淡路島南側の大鳴門橋は、同じ都合で上が自動車、下に新幹線が通れるような構造にし、現在に至っている。

こうして、神戸~鳴門ルートは明石海峡大橋・大鳴門橋、児島~坂出ルートは瀬戸大橋、尾道~今治ルートは瀬戸内しまなみ海道として結実。鉄道は、そのまんなかに位置する瀬戸大橋線に通った。

橋の構造上も、技術的にも、国内の移動事情をみても、大阪~淡路~四国~大分を結ぶ四国新幹線は、“夢のまた夢”でも、山陽新幹線から分岐し、明石海峡、淡路島、鳴門海峡、豊予海峡を経て大分へと結ぶ新幹線車両からの車窓は、どんな風景になったか―――。


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