戦後に再建された木造駅舎です【木造駅舎コレクション】035

2021.12.13

※2021年4月撮影

トップ画像は、日豊本線高鍋駅。駅前ロータリーのある大きな駅です。ロータリー中心に立つ星型は夜間は光るのかしら。

少し南側から。ロータリーには花がたくさん咲いていました。手入れしている方がいらっしゃるのですね。

※2021年4月撮影

駅舎、真ん中の屋根が高い部分が待合室と駅事務室。右はトイレです。

※2021年4月撮影

さらに南に行ってみました。大きな看板の裏側が気になります。

※2021年4月撮影

看板は「高鍋町観光案内図」。案内図を見ると町の中心は駅から西に3kmほど離れています。手前の日向灘海岸はアカウミガメの産卵地だった様ですが、ボンヤリ車窓を眺めていただけで写真を撮っていませんでした。

※2021年4月撮影

この日は鹿児島中央駅から青春18きっぷで日豊本線を延岡駅まで撮影しながら移動しました。車窓をゆっくり眺めることができます。高鍋駅を出発して小丸川河口を長い鉄橋で渡りました。案内図で見た日向灘側、ハマボウ群生地辺りです。

※2021年4月撮影

駅前ロータリー北側にも行きます。

※2021年4月撮影

大きな駅ですが、ほとんど人が歩いていないのが少し寂しいです。

※2021年4月撮影

駅舎前の大きな木、既視感がありますね? 名前はわかりませんが大神駅前にあった巨木と同じ種類です。

※2021年4月撮影

駅舎出入口正面。大きな軒はトタン葺きです。

※2021年4月撮影

この写真を撮っている横で同じポジションで撮影している方がいました。会釈したら「何を撮影しているんですか」と訊かれて、雑談になりました。70代の男性です。見えている「地域安全運動実施中」のノボリを設置に来た地元の方でした。「ちゃんと設置したという記録を残している」とのこと。

※2021年4月撮影

「大きな駅ですが、意外に人が少ないですね」と言うと「昔は南にあるアルコール工場(現・宝酒造高鍋工場)が国営だったんですよ。多くの人が働いていました。今はコンピューターが人間に換わって工場を動かすそうで人間は50人ほどしかいないんです」「昔は駅から工場まで貨物列車が行き来していたんです」「それに自家用車なんてなかったからみんな鉄道を使ったんですけどね」「今駅に来るのは、旅行する人以外、高校生と年寄りだけです」云々。

高鍋駅舎は戦争中に空襲で焼け落ち、昭和22年(1947年)に再建されたものです。建物財産標は見当たりませんでした。

※2021年4月撮影

次回は高鍋駅舎内と構内を眺めます。

(写真・文/住田至朗)

※木造駅舎などJR九州さんの許可をいただいて撮影しています。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。


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