ちょっと脱線します。(笑)

誰にとっても鉄道趣味だけが人生唯一の主題でないのは、当たり前の事です。内田百閒先生だって阿房列車の運転だけではなく、琴を弾いたり、鳥を飼ったり、迷い込んだ猫を可愛がったり、玄関には

”春夏秋冬 日没閉門”  ”面会謝絶”

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と貼りだして、夕餉を一餐とよび、他の何よりも大切にしていました。

その百鬼園先生、種類が無闇に多いワリには同じモノを飽きずに召し上がっていた様です。岡山の造り酒屋の一人息子で贅沢に育てられたのですが、単に贅沢なだけではなく不思議な美味しいモノを見つけ出す才能もありました。

例えば、薄い油揚を軽く炙って醤油で香りをつけてパリパリと三鞭酒(Champagne)でやるなんていうのは、筆者もやってみましたが実に美味いもんです。

スペイン産のCAVAというスパークリングワインが安くて美味しいので一時期ハマってました。SUNTORYが輸入しているフレシネなんてスーパーでも売っているし、悪くないですよ。常時冷蔵庫に寝かしておくと、夕方。風呂上がりに最高です。

アテには薄揚げを炙って醤油で!

風狂老人を自称した作家の山田風太郎先生も生前は同じモノばかり毎日食べて飽きなかったと日記に残しておられます。カツレツとウヰスキーのロック山盛り1杯。(笑)

風太郎先生の小説は忍法シリーズを含めて大好きで、特に角川文庫版のカバーは佐伯俊男画伯の怪しくも美しい絵で飾られていて、例外的にコレクションしています。

筆者は、所謂エンタメ系と呼ばれるフィクションを全く読まないのですが、山田風太郎さん(と矢作俊彦さん)は数少ない例外です。あ、藤沢周平さんも全集で全部読んじゃいました。この方々の作品は時間が経つと、自動的に読み返したくなります。

何度読んでもオモシロイのは、およそ荒唐無稽としか思えないストーリーが、彫琢された端正で精緻な文章でえがかれているからでしょう。叙述されている中身を問わなければ、日本語のお手本になりそうですが、実は真似ができないという意味で、内田百閒先生の不思議な文章と共通かもしれません。

ガストロノミーの文章なら吉田健一さんと開高健さんも外せません。何よりもお二人とも大酒飲みでした。吉田健一さんなら名作『金沢』(講談社文芸文庫)はもちろん、中公文庫の『汽車旅の酒』が超オススメです。『酒肴酒』(光文社文庫)も良いです。

『汽車旅の酒』に”或る田舎町の魅力”という文章が収められています。これが八高線の児玉という何と言うコトも無い町を書いているのです。

※八高線児玉駅2013年夏

たまたま2013年のメッチャ暑い日に児玉駅で八高線の乗り継ぎ待ちをしたことがあったので、その時の写真を引っ張り出して眺めてみました。

※八高線児玉駅2013年夏

文章は1954年(昭和29年)に書かれていますが、吉田健一さんが泊まった田島旅館は、現在も児玉の町に健在で営業しておららます。一度行ってみたいと長年思っていますが、まだ果たせていません。ただ、60年前と違って吉田健一さんが食べた様なお料理は出していないみたいです。

※八高線児玉駅2013年夏

それと、児玉には金鑚(かなさな)神社という9世紀からの古い神社があって、御神体は御室山という山です。山岳信仰との関係もありますが、山を御神体にしている神社は、奈良三輪山を御神体にする大神(おおみわ)神社や弘前の岩木山を御神体にする岩木山神社などが有名です。

何と言っても霊峰富士を神様と仰ぐ浅間大社もあります。この金鑚神社にも行ってみたい。

※八高線児玉駅2013年夏

閑話休題

開高健さんは亡くなってから流通している文庫本が減った印象ですが、集英社文庫のカラー版『オーパ』のシリーズは、今も頻繁に眺めて楽しんでいますし、短編集『ロマネ・コンティ・一九三五年』(文春文庫)やエッセイの『最後の晩餐』(光文社文庫)『地球はグラスのふちをを回る』(新潮文庫)など簡潔で輪郭のハッキリした文章は何度読み返しても新鮮。ヴェトナム戦記も緊張感があって好きですけど。

既に書いたのですが、鉄道旅を別にすれば筆者はほとんど「引き籠もり」に近い日常を送っています。太っている上に”出不精”なんです。

ミステリの世界に”Armchair Detective”(安楽椅子探偵と訳されています)という言葉があります。現場に赴くことなく事件を推理する探偵もの、というか作品ですね。

これの変種で「安楽椅子旅人」ならぬ書斎の鉄道旅を一冊にまとめた『読鉄全書』(東京書籍/2018)という本があります。

専らカフカの翻訳でお世話になっている池内紀さんが編集をされていて、この本にも吉田健一さんの”或る田舎町の魅力”が収録されています。もちろん内田百閒先生の”阿房列車”も筆頭に収められています。阿川弘之さん、関川夏央さん、宮脇俊三さんという「定番」は当然、珍しいところでは片岡義男さんの中央線、伊丹十三サンの新幹線、玉村豊男さんの奥羽本線、など50もの作品が収められています。この本は最近の個人的なヒット作で超気に入ってます。

これに類する書籍は他にもあって、例えば川本三郎さんの『小説を、映画を、鉄道が走る』は集英社文庫になっていますし、関川夏央さん、原武史さんに酒井順子さんの3人が揃った『鉄道旅に行ってきます』(講談社/2010)には駅そばの食べ歩き記事もあったりして大好きな一冊。

関川夏央さんの『汽車旅放浪記』(新潮文庫・中公文庫)『寝台急行「昭和」行』(中公文庫)は書架でも常に手に取れる場所に置いてあります。

能町みね子さんの『うっかり鉄道』(メディアファクトリー/2010)も面白かったなぁ。

実際に鉄道旅に出かける以前に、筆者はこーいった「読鉄」ものに親炙していたのです。これが、延々と乗っている各駅停車の車窓を飽きずに眺めるスパイスになっているのかもしれません。

【50代から始めた鉄道趣味】その17 脱線2 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)