モザイクとかネットスケープで【50代から始めた鉄道趣味】

2018.09.01

※JR四国牟岐線海部駅2014年9月

【50代から始めた鉄道趣味】その17 脱線2

日常のこだわりで言えば、お酒ですね。特に日本酒についてはハッキリと好みがあります。ただ「マニアックなこだわり」自体には、どこかしら”過剰なもの”を感じてイヤなので、殊更に珍しい地酒を求める様なコトはしません。日常的に消費するものですし。

インター・ネットの時代になる前は、”地酒”などというものは簡単に手に入らなかったです。ネットで流通が劇的に変化したのは、個人の印象ですが21世紀になってからだと思います。インター・ネット以前は、あちこちの酒屋を廻ってお酒を買っていました。書籍も新宿の紀伊國屋(最近ニトリになっちゃいました)まで時々「買い出し」に行っていました。1万円以上買うと自宅に送ってくれるサービスがあったのです。平凡社ライブラリーなど文庫本でも1冊1500円くらいするので1万円なんてあっと言う間です。

そー言えば、六本木の青山ブックセンターも閉店しちゃいましたね。Amazonで本やCDを求める様になってしまったので、寂しいけれど痛痒は特にありません。洋書も安く買えますし。勤め人時代と違って六本木に用事が無いから、そもそも行きません。

いずれにしても、ネット以前は、あの店で「樽平」「住吉」、あそこでは「多満自慢」と「澤ノ井」という具合に買う店は決まっていました。たまには五日市まで「喜正」を買い出しに行ったり。デパ地下には、新潟のお酒が揃っていましたね。最近は町の酒屋さんが激減、「樽平」「住吉」を置いていた店も、「澤ノ井」「多満自慢」のお店も閉店してしまいました。商店街そのものが壊滅状態ですから。寂しい限りです。

インター・ネットの話に脱線します。

今でもすごいなぁ、と思うのは、1994年当時、筆者が勤めていた映像制作会社が、いち早く社員1人に1台のapple Macintoshを割り当てて社内ネットワークを構築していたコトです。四半世紀も前の話ですよ!

配られたのは、小さくてかわいらしいColor Classic 2だったと記憶しています。カラクラ、懐かしいなぁ。ペットに1台欲しい!

自宅にMacintoshを買ってインター・ネットを始めたのは1995年頃でした。最初に買ったのはPower Macintosh 7100の後継機、Power Mac 7500。まだウィキペディアなど影も形も無い時代。世界中の企業がこぞって自社のホームページを公開するのに必死だった頃です。

そうそう「ウィンドウズ95」のブームなんてのもありましたね。我々「林檎派」は

ってステッカーを貼ってニヤニヤしていました。今でも古くからの林檎派には、「窓」は「林檎」の「パチもん」という意識がどこかにあります。

Mac本体は25万円くらいだったかな。信じられないかもしれませんが、周辺機器を合わせると当時100万円くらいかかりました。高かったのは、モニター(21インチでSONYのモニターが30万円くらいしました)とMac用のメモリでしたね。ちょっと積むとすぐに30万円とか・・・。Photoshopも高かった・・・。

当時の物価を見るとコンピュータのメモリ(窓用は安かった)1MBが3000円。Macは1万円くらいしていましたね。2018年は1GBが700円です。Macのメモリは、今使っている16GBが22000円(1375円/1GB)なので「窓」の倍くらいです。

ちょうどCPUがPowerPCに変わり始めた時期で、OSは漢字talkの7.5辺りでした。パワーマックにOSを含めて完全に対応していなかったことを覚えています。当時は、しょっちゅう”爆弾マーク”に悩まされてましたね。(笑)MacOS Xになる前は、システム9.5くらいまでいったかな。

Mac関係の月刊誌も何種類かあって、付録のCD-Romに、Mac OSのアップデータも含めていろんなソフトのアップデータが入ってました。Be OSなんて、探せば何処かに置いてありますね。

1995年当時インター・ネットは、モザイクとかネットスケープで見てました。しかも自宅固定電話のアナログ回線でしたから劇的に遅かった!

その後は、1996年に家電メーカーに転職して企画書を大量に書くことになってPower Mac8500に移行、会社はF通系列で全社「窓」でしたが、仕事はMacでやってました。会社サイドも諦めて、自宅と同じ仕様のPower Mac8500を買い与えてくれました。その後、企画書は雑音の少ない自宅で書く事にして、G3”Blue & White”が出るとすぐに買い換えました。出社するのは、週に1日くらいだったかな。プレゼンやミーティングで全国に出かけてましたけど。

しかし、会社のネット回線が速くてカンドーしましたね。そうそう、会社でエッチな画像をダウンロードしてクビになった同僚がいました。(笑)自宅はテレホーダイ、アナログの固定電話を23時から朝5時までネットに繋ぎ放題で月額固定料金でした。インター・ネットやメールの設定がけっこう面倒でした。今でも接続音(FAXの送信音)が懐かしいな。

当時、クラリス・ワークスというソフトウェアを愛用していました。後にアップル・ワークスになって、OS Xになってからはソフトウェアが存在しなくなってしまいました。現在のkeynoteみたいなソフトでしたが、過去に書いた企画書が読めなくなってしまったですね。

2000年頃はカラフルなiMacのブームでMacユーザーが増えた時期でした。自宅は、G4のグレーのマシンに換えて、その後2005年頃にはG5のいかつい金属マシンになっていました。これは、インテルMacになる前の記念に今でも自宅においてあります。とにかく、ファンがうるさくて、でかくて重い!(笑)

2000年頃には、企画書の大量生産から解放されて宣伝関係の部署に移りました。

※2003年頃の自宅書斎

2008年にサラリーマンを辞めて自宅で毎日日曜日状態になりましたが、2011年にとうとうインテルMacにチェンジしました。Mac miniにしたのです。現在も新しいMac mini(late2014)に16GBのメモリを積んで細々とやっています。写真が20万枚近くあるのとiTunesも容量を使っているので20TBと8TB(time machine用)の外付けHDをぶら下げています。すっげえ無駄な気にもなりますが、年をとるって、こーいうことなんですね。

身辺には書籍とCD(とそれを再生する機器)道具としてのMac以外、ほとんどモノはありません。他に趣味もないので、必要な家具は本棚とデスクだけです。

ただ、スティーブ・ジョブスが亡くなって以降、Macは「窓化傾向」が顕著です。何やら余計なお節介を無闇に焼きたがるんですよ。ジョブスはセンスを含めて天才だったと思いますが、彼の亡き後、所詮は我々のよーな凡人がやるコトは(窓と)同じなのでしょう。

インター・ネット歴は、20年程ですけど、1998年頃は、HTMLを手打ちして自分のサイトを作ってました。ところが当時は最新のHTML2.0で書いていたモノが、いまやHTML5.2、全面的に打ち直さなければ読めなくなっています。基本的な書法が違うのです。HTML5.2の参考書は買いましたが、放置してます。サイトには、15歳から読了した書物が記録してあるんですが、ここ数年、読書量が激減しているので5000冊にも達していないです。

閑話休題

というか、【50代から始めた鉄道趣味】その18 脱線3 に脱線を続けます。

(写真・記事/住田至朗)

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