※2023年4月撮影

トップ画像は前面展望「相模原線」下り電車が「稲城駅」を出発します。

「稲城駅」を出た「相模原線」は左カーブします。地図で見るとほぼ45度の下向きの角度で「多摩丘陵」の間を抜けてゆきます。

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※2023年4月撮影

既出の様に1974年(昭和49年)に「相模原線」は「京王よみうりランド駅」から「京王多摩センター駅」まで延伸開業しました。ちょうど「多摩ニュータウン」に住民が住み始めたタイミングです。毎日、テレビニュースが動向を伝えていました。

※2023年4月撮影

「多摩ニュータウン」は、戦後の高度成長による東京都内の深刻な住宅不足を解消する巨大なベッドタウンとして計画されました。それまで手付かずだった「多摩丘陵」エリアを宅地化する事業が1960年代に始まったのです。

「多摩ニュータウン」の計画エリアは「相模原線」「稲城駅」から「多摩境駅」までの東西約15km、南北約5km。当時世田谷区の小学生だった筆者は、リアルに「多摩ニュータウン」に関する報道に接していました。

※2023年4月撮影

「相模原線」が延伸した1974年頃の地図を見ると、この「稲城駅」から「若葉台駅」にかけては、まだ住宅地造成中、ほとんど「多摩丘陵」の広大な森林地帯でした。

50年経った現在でも緑が色濃く残る自然豊かなエリアです。

※2023年4月撮影

「稲城駅」から「若葉台駅」までの駅間は3.3km。「京王線」最短の「上北沢駅」~「八幡山駅」、「布田駅」~「調布駅」間の0.6kmの5.5倍もあります。

それだけ広大な無人の原野を貫いて「相模原線」は開通したのです。

木々の間を「相模原線」は走ります。

※2023年4月撮影

北に「多摩カントリークラブ」、南には「東京よみうりカントリークラブ」と「多摩丘陵」を最大限に活用した広大なゴルフ場があります。

※2023年4月撮影

1974年(昭和49年)筆者は大学に入学しました。「相模原線」延伸開業は知っていましたが、テレビのニュース画像で見る「多摩ニュータウン」は、住宅用地が茫洋と広がる広大な更地でした。18歳の学生が興味を抱く対象ではなかったのです。

※2023年4月撮影

ですから筆者が「相模原線」に乗って「京王多摩センター駅」で下車したのは、1990年(平成2年)に開園した「サンリオピューロランド」を見に行ったのが最初でした。「京王多摩センター駅」開業から16年後だったのです。既に「パルテノン多摩」はオープンしていました。この項は「京王多摩センター駅」の【駅ぶら】で詳しく書きます。

※2023年4月撮影

実は、前面展望で風景を観ながらその様なコトを思い出していたのです。

※2023年4月撮影

駅間が長いので前面展望は次回も続きます。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などは京王電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

・『京王ハンドブック2022』(京王電鉄株式会社広報部/2022)

・京王グループホームページ「京王電鉄50年史」他

下記の2冊は主に古い写真など「時代の空気感」を参考にいたしました

・『京王電鉄昭和~平成の記録』(辻良樹/アルファベータブックス/2023)

・『京王線 井の頭線 街と駅の1世紀』(矢嶋秀一/アルファベータブックス/2016)