コラム【鉄の余談】05 2014年5月に廃止された江差線 前半 木古内駅〜湯ノ岱駅
※2014年3月撮影
トップ画像は、JR北海道木古内駅ホーム。これから1両で江差駅に向かうキハ40 808。
JR北海道は、老朽化の進むキハ40系から新しいH100形(電気式気動車=ディーゼルで発電してモーターを駆動する電車)への置き換えを進めています。予定では、2025年(令和7年)3月に、旧国鉄からJR北海道に継承されたキハ40系157両は、全て姿を消します。
※2014年3月撮影
筆者は、2004年(平成16年)に初めて北海道の地面を踏んで以来、専ら青春18きっぷでJR北海道の路線を完乗していますが、この間、散々キハ40系のお世話になりました。
重くてうるさくて鈍重と言われてきたキハ40系が、実は、筆者は大好きなのです。2025年3月までに、北海道で少しでも姿を消すキハ40系に乗りたいと思っています。
※2014年3月撮影
学生時代に友人と北海道に来ていますが、ほとんど鉄道に乗らなかったことを思い出しました。
木古内駅は、翌年に予定されている北海道新幹線開業に向けて工事が進んでいました。
※2014年3月撮影
構内に、北海道新聞の「江差線10駅 最後の夏」という2013年夏に書かれた記事が掲示されています。
※2014年3月撮影
谷口宏樹氏が担当し10回にわたって北海道新聞に連載された記事です。
記事に拠れば、江差線木古内~江差間の廃線をJR北海道が発表した2012年(平成24年)秋以降、鉄道ファンが廃線予定区間に乗るために全国から押し寄せている。廃止決定前のガラガラだった車内が乗客で満員なのはウソの様だ、と書かれています。
2014(平成26年)5月11日の江差線(木古内駅~江差駅間)廃止に向けたポスターも飾られていました。筆者も押し寄せる鉄道ファンの一人。この区間に乗る事が主目的で北海道に来ました。
※2014年3月撮影 オリジナル写真が縦型なので細工しています
2014年3月17日、木古内駅11:48発江差行に乗りました。車内はほぼ満席。最初の駅、渡島鶴岡です。
※2014年3月撮影
1964年(昭和39年)東京オリンピックの年に開業した駅です。
木古内駅構内に掲示されていた渡島鶴岡の記事。
※2014年3月撮影
内容を要約します。
1885年(明治18年)旧庄内藩士(山形県鶴岡士出身)が入植したことで故郷の鶴岡の名が付けられました。(しかし故郷の鶴岡に、既に羽越本線鶴岡駅があったため鶴岡駅には旧国名「渡島」が冠されました)隣の吉堀駅から通う児童がいたことで「1964年の開業時から、鶴岡小の子供たちが渡島鶴岡駅の待合室を掃除してきた」そうです。鶴岡の住民は、江差線を時計代わりにしていて「正午前の列車が通ったのでお昼にしようか」などと言っていました。駅を大切にしてきた鶴岡小学校も児童数減少で2011年に閉校になりました。
渡島鶴岡駅から3.1kmで吉堀駅。
車掌車が待合室に転用されています。キハ40の前部ドアが「乗降で開いた短い時間に撮影」しているので、画角的に駅名標が入らない場合もありました。シャッターチャンスが1回しか無いのです。
※2014年3月撮影
吉堀駅の記事も撮影していました。
※2014年3月撮影
記事の内容は以下です。
吉堀駅は、1935年(昭和10年)木古内駅~湯ノ岱駅間開業にともない設置。1982年(昭和57年)まで駅員さん2名が配属されていました。1986年(昭和61年)撤去された木造駅舎に替わって貨車改造の駅舎になりました。
かつて駅の近くには国鉄保線区があって多くの職員と家族が暮らしていました。駅前には商店が営業していたのです。父親が旧国鉄職員でこの地域で生まれ育った元JR北海道社員の方の話として「小、中、高と列車で通った。満員の時は窓から乗った。」「駅前広場では盆踊りが行われ住民が幾重にも輪になって踊っていた。」と賑やかだった時代が語られています。
吉堀駅から13.2kmという長い駅間で神明駅です。
※2014年3月撮影
航空写真で見ると長い駅間のほとんどが人の住まない山間部。2024年現在、マップで見ても、神明駅のあった辺りに人家はかぞえる程しか無く、極めて人口の希薄なエリアです。
木古内駅構内に掲示されていた北海道新聞の記事です。
※2014年3月撮影
記事には「神明は、19世帯33人が暮らす閑かな集落。通過する列車もあるため、駅に降りると次の列車まで3時間以上待たされる」とあり、「秘境駅」と書かれています。
2020年の国勢調査で、北海道檜山郡上ノ国町字神明(8,290,562㎡)には、9世帯13人とあります。住民が7年間で約3分の1。残念ながら北海道で顕著な人口減少がここでも急速です。
字神明の8,290,562㎡は、8.29k㎡で、台東区(10.08k㎡)よりも2割ほど狭い程度。
ちなみに2024年の台東区の人口は、215,956人。神明の13人とは比較になりません。
人口密集の台東区と過疎の神明、どちらで暮らすか選べ、と言われたら、筆者は、神明を選びたくなります。でも、冬が極めて厳しそうです。
神明駅から2.8kmで湯ノ岱駅。
※2014年3月撮影
1935年(昭和10年)木古内駅からこの駅まで開通し、終着駅として開業しました。
2014年の訪問時は、キチッと制服制帽の駅員さんが列車に合図をしていました。
長くなるので続きは、次回です。
(文・写真) 住田至朗
※過去の写真はライター住田がプライベートで旅をした時のスナップ写真です。
※『JR路線大全 北陸・信越本線』(天夢人/2023)『国鉄の基礎知識』(創元社/2011)『停留場変遷大事典』(JTB/1998)『JR全駅・全車両基地』(週間朝日百科/60巻)他を参照しています。
※鉄道、駅などは鉄道会社、利用者の皆様のおかげで撮影させていただいています。ありがとうございました。