福井県の南側「嶺南エリア」は、知られざる歴史と美食の宝庫です。今回は、大飯郡おおい町から高浜町、若狭町へ。全国でも珍しい、陰陽師・安倍晴明の子孫が伝えた暦と天文学に関する資料館を見学し、高浜町の海辺にある「UMIKARA」で漁港直送の海鮮を。最後は「熊川葛振興会」では「日本三大葛」のひとつである熊川葛の伝統的な製造工程「寒晒し製法」を見学しました。

【前回】
【美浜町・小浜市編】敦賀・若狭エリアを巡る冬の福井旅 三方五湖を巡るクルーズに若狭ふぐ尽くし、伝統神事「お水送り」の舞台も見学  https://tetsudo-ch.com/13022756.html

「リアル陰陽師」を学べる「暦会館」

赤い欄干と五芒星のライトが特徴の「暦会館」

暦会館」は、陰陽師・安倍晴明の子孫にあたる土御門家が3代にわたり暮らした名田庄の納田終(のたおい)地区にあります。JR小浜線「小浜駅」から路線バスでホテル流星館行きに乗車して約50分。終点で降りて徒歩約1分の立地。土御門家が応仁の戦禍を逃れて名田庄に移り住み、この地で暦造りを行っていたことにちなんで建てられた資料館です。

かつては「うるう年」ではなく1年が13ヶ月になる「うるう月」があった話から始まり、明治の改暦でグレゴリオ暦に切り替わった際のエピソードなど、暦の作成に関するあれこれを学びました

学芸員の解説とともに、館内を見学しました。安倍晴明を筆頭とする安倍家と言えば「陰陽師」。呪術による怨霊退治などオカルトっぽさを感じる人も多いと思いますが、「陰陽師」とは朝廷の官職のひとつで、現代でいうならば国家公務員のような存在。占術や祭祀のほか、天体観測や暦の作成など多岐にわたる仕事をしていました。

本来の「都状」は燃やしてしまうため、暦会館に残されている史料は下書きと考えられているそう

暦会館には、土御門久脩(つちみかどひさなが)が権力者に天体の異変を知らせた手紙「天変勘文案」や、泰山府君を祀り寿命の延長を祈請するための文書「都状(とじょう)」など、貴重な史料が数多く残されています。

暦の解説書「永代大雑書萬暦大成」。貴重な資料の数々をもとに分かりやすく解説してもらいました

暦を作るには正確な時間を知る必要があります。展示コーナーでひときわ目立っていたのが、漏刻計の復元模型。いわゆる水時計で、水位で時間を知ることができます。しかし、こまめに水を入れないと正確な時間が分からず、少々面倒な側面もあったようです。火事で燃えてしまった後は修復されず、「香盤時計」などが使われるようになりました。香を焚いて「ここまで燃えたら1時間」といった具合に時を計ることができます。

漏刻計の復元模型(写真左)、携帯用日時計(右上)、香盤時計

このように、暦や陰陽道に関するさまざまな資料が展示されており、時間があっという間に過ぎていきました。

「暦会館」の外にも見どころが点在

加茂神社と町指定天然記念物の杉

暦会館から徒歩約10分の「加茂神社」では、地域の男性2人がかけっこをするお祭りがあるのだとか。宮司さんから受け取った榊を持ち、加茂神社からダッシュをして、2本の杉の木に渡された注連縄の外に榊を投げるというもの。あとで調べたところ「柴走り」という神事のようです。

福井県指定文化財の「薬師堂」

加茂神社から歩を進めると「薬師堂」があり、さらに奥には安倍晴明の子孫三代が祀られている「安倍家(土御門家)墓所」があります。その距離はおそらく100メートルほどなのですが、木々が生い茂り、雪が降り積もった山道はなかなかハードでした。

息を切らせながらたどり着いた「安倍家(土御門家)墓所」

ひっそりとたたずむ墓所には、土御門家の三代(有宣・有春・有脩)の名が刻まれています。

【おまけ】敦賀駅近くにも安倍晴明ゆかりのスポットあり!

JR「敦賀駅」から徒歩約20分、もしくはぐるっと敦賀周遊バス「博物館通り」近くの「晴明神社」

JR敦賀駅から徒歩圏内に、安倍晴明を祀る「晴明神社」があります。拝殿では、晴明が陰陽道の研究に使ったと言われている「祈念石」を見ることもできます。暦会館と合わせて土御門家ゆかりの地をはしごしてみてはいかがでしょうか。

高浜漁港から直送!「UMIKARA」で海鮮を味わう

魚と旅するマーケット「UMIKARA」

嶺南屈指のパワースポットを巡った後は、大飯郡高浜町にある、日本で一番海に近いマーケット「UMIKARA」へ。JR小浜線「若狭高浜駅」から徒歩約11分。若狭の鮮魚などを味わえる「うみから食堂」やセレクトショップ「UMIKARAselect」、若狭高浜駅前にもある地元スーパー「サニーマート」、イベントスペースやテラスも備え、水揚げされたばかりの魚介と日本海の景色を楽しめるスポットです。

水槽内の活魚はすべて高浜漁港直送。若狭真鯛や天然ヒラメ、天然カワハギ、サザエやなまこなどが並んでいます

サニーマートの一角には大きな水槽があり、活魚を購入することが可能。店内で刺身に加工し、うみから食堂で食べることができます。

記者が網ですくい上げた、高浜特産の活若狭マハタ(通常は店員が対応するとのこと)

食堂で待つことしばし。先ほどまで泳いでいた活若狭マハタが刺身になって登場しました。

刺身に加工された活若狭マハタ

シェアをして楽しみましたが、しっかりとした歯応えの後に甘みがあって上品な味わいでした。何よりも、このビジュアルを見るだけでテンションが上がりますね。

左上から時計回りにあっぱれ大漁イカ丼、若狭小鯛の漬け丼、旬魚にぎわい漬け丼(この日はツバス・サバ・レンコ鯛入り)、若狭に恋する海鮮丼

うみから食堂では鮮魚ののった丼をはじめ、サバや牡蠣フライなどの定食、鯛出汁のラーメンや高浜独自のうどんなどを提供しています。お米も福井県産で、土地のものを食べたい人にぴったりです。

筆者は「若狭小鯛の漬け丼」を注文。あら汁と茶漬け用の出汁が付き、味を変えながら堪能しました

海鮮尽くしのランチを堪能した後は、新鮮な魚介の加工品や地元の特産品がずらりと揃うおみやげ売り場へ。大きな袋いっぱいに買い物を楽しむ人をあちこちで見かけました。

日本三大葛「熊川葛」づくりを学ぶ

情緒あふれる街並みの「熊川宿」。できることなら一泊して散策したかったスポットです

最後に訪れたのは、若狭鯖街道の宿場町「熊川宿」にある「熊川葛振興会」。熊川葛の伝統的な製造工程「寒晒し製法」を見学します。滋賀県と福井県の県境に位置し、JR湖西線「近江今津駅」、もしくはJR小浜線「上中駅」からJRバス若江線(じゃっこうせん)に乗り「若狭熊川」バス停で降りて徒歩約1分の立地。熊川宿内のほぼ中心にあります。

「熊川葛振興会」に到着すると、葛を作るうえで大切な作業のひとつ「葛踏み」の真っ最中でした

17世紀には京都で売買されていたという「熊川葛」。冬季の冷たい水に晒しながら製造することで、純度の高い良質な葛を作ります。「熊川葛振興会」は、葛根を掘るところから葛粉の精製までを一貫して行う生産技術を後世に伝えるため、2012年に発足。その取り組みは林業遺産に認定されています。

熊川葛の原料となる葛の根。プクッと膨らんでいるのが「でんぷん溜まり」

熊川葛の原料となる葛の根は、根にでんぷん質を貯め込んでいます。背丈ほどの深さから掘り出すため重労働で、約100キロを掘るのに、2人がかりで2日間ほどかかることもあるそう。洗浄機で水洗いをしたら、粉砕機に入れて潰します。

粉砕機に入れて、繊維状にします

ここからが冒頭見た「葛踏み」の作業です。この作業は、水温が5度を下回っていないとでんぷんが発酵してしまうため、冬にしかできません。

葛踏みを繰り返すことで水分を出しつつ、繊維をほぐします

水替え作業を何度も繰り返しているうちに水と葛が分離し、葛がだんだんと下に溜まっていきます。冷たい水に何度もさらすことで不純物を取り除きます。水替え~葛踏みの作業を24~25回繰り返すそうで、とても根気がいる作業です。

作業を繰り返すうちにだんだんと水の色が変わっていきます

100キロ程度の葛根からできる葛は4~5キロほど! 何て贅沢なのでしょうか。混ぜ物ゼロの「本葛」が高額な理由がよく分かりました。

ここで、完成した本葛を一人ひとつ、試食させて貰えることに! 欲張りな筆者は大きめな塊を選び、ガブリと一口……。その見かけから勝手に落雁のような食感を想像していたのですが、よく考えれば片栗粉をそのまま口にするようなもの。口内の水分がすべて持っていかれました(笑)。他の記者も、しばし悶絶。残りの欠片は持ち帰り、葛湯にしていただきました。これがかなりおいしい! この本葛を使ったお菓子は、小浜市の「御菓子処伊勢屋」や若狭町の「和菓子処 菊水堂」などで購入できるそうです。

完成した本葛は真っ白で美しい!

乾燥機を使うとポロポロと崩れてしまうため、2ヶ月かけて自然乾燥で乾かします。葛の根を掘るところから始めて、完成まで約5ヶ月。少量しか生産できないという話も頷けます。

筆者は葛もちと葛ソフトがセットになった「葛もちパフェ」をチョイス。できたてでほのかに温かい葛もちも、なめらかな食感の葛ソフトも美味でした

最後は「熊川葛振興会」からすぐの「まる志ん」で葛料理を試食。葛もちや葛きり、葛湯、葛ソフトといった甘味を楽しみました。5~10月は葛まんじゅうも食べられます。

冬の福井・嶺南エリアは、北陸新幹線の延伸によりぐっと身近になりました。歴史、美食、そして伝統。五感で楽しむ冬の旅へ、ぜひ出かけてみてください。

文/写真:斎藤若菜

鉄道チャンネル編集部
(旅と週末おでかけ!鉄道チャンネル)

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