【終端駅 27】 JR東日本 男鹿線 男鹿駅

2017.06.05

小学校の教科書を思い出しますね

男鹿半島というか、八郎潟の干拓は小学校の社会科の時間を思い出します。干拓の前は琵琶湖に次ぐ日本で2番目に大きい湖でしたが干拓によって現在は18番目の湖沼になっています。それに「なまはげ」が写真とともに教科書に載っていました。

男鹿線は秋田駅から交流電化された奥羽本線を13.0km走り追分駅から分岐し単線となります。八郎潟の南側を走って男鹿駅まで行く26.6kmの非電化路線です。

男鹿駅は広い

男鹿駅に着きました。島式ホーム1面2線、敷地の大きな駅です。

廃止された船川港貨物駅

終端部は見えません。2002年(平成14年)までこの先に船川港駅という貨物駅があったのです。

駅名標。「なまはげ」です。

秋田から乗って来たキハ40、2両編成です。左奥に車庫がありキハ40が前照灯を点けています。この後、秋田に戻ったのですが、このキハ40が秋田側に増結されて4両編成になりました。

ホームから構内踏切を渡って駅舎に行きます。

駅舎正面、2012年(平成24年)プレ・デスティネーションキャンペーンに合わせて駅舎が「なまはげの訪れる古民家」というコンセプトでリニューアルされました。2体の「なまはげ像」が置かれています。

駅前は広場になっていてホテルが建っています。実は中学校を卒業した春休みに男鹿まで来たことがあります。その時の写真を探したのですが見つからないのが残念です。当時は東北周遊券というものがあって2週間急行が乗り降り自由でした。上野から乗った夜行の急行は客車でした。牽引していたのはディーゼルカーだった様に記憶しています。とにかく急行の夜行列車全盛時代でした。

駅舎内にも「なまはげ」が飾られていました。電気の無い時代、夜の闇から彼等が現れたら、それは子供たちには恐怖だったことでしょう。

秋田行に乗って戻ります。終端駅=盲腸線の宿命です。

到着した2番線からの発車です。

4両編成になっています。

秋田方面、駅の外には屋根の付いた人用の跨線橋がありました。冬は雪が積もるからなのでしょう。

ここまでの写真は筆者が2014年8月に男鹿を訪れた時のものです。

2017年3月から男鹿線には「EV-E801系」交流用蓄電池式電車が投入されています。2014年にJR東日本烏山線で運用を開始したJR東日本の自社開発による「EV-E301系」電車とは異なり、2017年のブルーリボン賞を受賞したJR九州若松線に導入された「BEC819系」電車をベースに耐寒仕様などのカスタマイズを行った車両です。早くこの車両に乗りに行こうと思っています。


※画像はウィキペディアより

男鹿駅も「EV-E801系」用に電化された様ですから。その時は時間をとって船川港貨物駅跡の方にも行ってみたいと考えています。

(写真・記事/住田至朗)


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