とにかく、この一冊、コンテンツ・リッチです

というか、筆者は宮脇俊三さんの『時刻表2万キロ』を読むまで「時刻表」は単なる実用の印刷物だと思っていました。私事で恐縮ですが、子どもの頃から普通に鉄道は好きでした。しかし50代前半にサラリーマンを辞めて急に時間的な余裕が出来るまで特に鉄道趣味と呼べる様なものとは無縁でした。急に時間が出来て、青春18きっぷの存在を知ってJRに乗り始めてから10年かからずにほぼJR各社の旅客線は乗りました。とはいえ、まだ首都圏、近畿圏、中部圏、それに北九州などの近郊線で未乗の線区も残っています。

この様な付け焼き刃の鉄道好きにとって、時刻表は乗り鉄の道具としては重要でしたが、特に読書の対象では無かったのです。時折覗き込んで旅を夢想しますが。

このようなスタンスで『時刻表探検』を読んでみましたが、予想以上に面白い読み物でした。巻頭の第一章は実際に「JTB時刻表」の編集長を歴代最長の2期7年つとめた木村嘉男さんの「時刻表づくりの裏側」で、子どもの頃から時刻表が大好きだった木村さんがあこがれのJTB時刻表編集部に配属されて・・・12年目に編集長という夢のような話ですが、もちろん甘い夢物語では全くありません。

ADVERTISEMENT

何と言っても時刻表には長い歴史があるという事実がきっちりと資料で示されている点がスゴイです。章立てをみてもそれが如実です。第二章「時刻表を学ぶ」、第三章「鉄道躍進の瞬間を刻む」、第四章「時刻表を彩った優等列車たち」、第五章「時刻表の進化をたどる」と、明治維新以降、日本近代化の過程で長く社会の基幹インフラであった鉄道の姿を写す鏡としての時刻表がキッチリとポジショニングされています。

もちろん、モータリゼーション以前、鉄道が唯一無二の主役であった時代の華やかな優等列車、食堂車、駅弁などの記号が時刻表の中で時代の証言となっているのです。

万事が”速く””快適”であれば移動の手段としてOKなのでしょう。筆者などサラリーマン時代にほぼ毎週新幹線で出張していましたが記憶に残っているのはトラブルで困った時に四苦八苦したコトくらいです。むしろゴトゴトと眠る様な速度で辿った青春18きっぷ・ローカル線の旅は何時までも記憶に鮮明です。幹線が時代と共により速く快適に整備されてゆく一方で、時代の速度から取り残された地方の列車運行が減っていくのも時刻表が記録する歴史なのです。

第六章「時刻表とミステリーの関係」は、列車の運行が時刻に正確に従うという日本鉄道の世界的に見れば例外的な美質に立脚する物語です。松本清張の『点と線』を巡って、時刻表を徹底的に凝視することで浮かび上がる時間の隙間を取り合うゲームがスリリングです。

最終第7章の「壮大なる鉄道旅の記録」、1937年(昭和12年)の東京発巴里行、この12日15時間25分の鉄道旅が丹念に辿られます。所々に1931年(昭和6年)にこのルートでヨーロッパに渡った林芙美子の旅行記が引用されています。

しかし、本当にコンテンツ・リッチというか、少なくとも時刻表について概括的に整然と纏められた書物として第一級ではないでしょうか。とにかく一読、思わず嘆息してしまいます。しかもカラー印刷がほぼ全ページに置かれて定価1、500円(税別)は価値がありますよ。

(写真・記事/住田至朗)