急行はまなすラストラン(2016.3.21)

2016.04.15

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22時10分。青森駅のホームは人でごった返していた。札幌駅で見送った上り「はまなす」のラストランより激しい混雑だと感じる。先頭車の方向へは入場規制がかかり、後ろ側へも通るのが難しいほどの人で埋まっている。「黄色い線より外側はご乗車のお客様のために通路をお空けください」というアナウンスが響く。ホームに横断幕が掲げられていたそうだが、それを見ることもできなかった。

遅れないように列車に乗り込み、出発を待つ。ホームから、石川さゆりの名曲「津軽海峡・冬景色」が流れてきた。連絡船の過去は既に遠く、夜行列車の時代も終わろうとしている。

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青森駅のホームの柱には、簡単な路線案内が掲示されている。「津軽海峡線」を通って北海道へ行けることがわかるこの上なくわかりやすいデザインだったが、これもリニューアルされるのだろう。

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札幌行きの「急行はまなす」は22時18分、時間通りに青森駅を発車した。ゆっくり、ゆっくり加速していく。ホームでは大勢の人が手を振ったり、カメラを回している。「28年間 ありがとう」と書かれた横断幕の前を横切る。そしてまた、人、人、人。

発車して2分ほどすると、車掌のアナウンスが始まった。筆者の記憶では、普段は発車してすぐ始まることが多いのだが、今日は少し間を置いた。アナウンスの前に流れる「ハイケンスのセレナーデ」の電子オルゴールが旅情をかきたてる。今回はこれが鳴っている途中で止まり、演奏をやりなおした。機械の不具合か、車掌さんの手が滑ったのか。もしかしたら、録音する「音鉄」のために気を利かせてくれたのかもしれない。

アナウンスは通常通り、号車案内と停車駅の案内から始まった。通常と違う全車指定席で運行している旨も案内された。そして、まさかの重大発表。

 

 「3号車と7号車に飲料水の自動販売機がございますが、大変恐れ入ります…本日は品切れです。恐れ入りますが、使用することができませんので、ご案内いたします。申し訳ございません。」

 

なるほど、最終便で売れ残ると飲むのが大変だから(?)、補充はしないらしい。どうしても飲み物がほしくなったら、次の函館駅で仕入れることになる。

 

 「本日、急行はまなすは最後の運行となりますが、ご乗車のみなさまとともに、思い出のあるご旅行となりますように、乗務員一同、安全運行に努めてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。本日はご乗車いただきまして、誠にありがとうございます。

 次は函館に停車いたします。早速で大変恐れ入りますが、ご案内を兼ねまして、乗車券の拝見にお伺いいたします。ご協力をお願いいたします。」

 

「はまなす」には、様々なグレードの車両がある。2段ベッドのB寝台、カーペット敷きで横になれる「のびのびカーペット」、リクライニングの角度が深く快適な「ドリームカー」。「カーペット」と「ドリームカー」はともに数百円の指定席料金を追加するだけで、自由席車より格段に快適に過ごすことができるため人気だった。自由席車と、増結の指定席車は、ひと昔前の特急列車と同じ座席である。混雑する時期はドリームカーが満席になり、指定席を確保できても「ハズレ」の席であることが多かった。この席はリクライニングの角度も浅く、とてもじゃないが寝られない。隣に人がいない時は2席分を使って無理やり体を横にするなど、創意工夫でなんとか休息をとろうとするが、肩や首が痛くなることも。

ラストランの指定席は、発売後40秒で売り切れたことが新聞やテレビで報じられた。筆者も朝から近所の駅に並び、駅員さんの神業的な端末操作によりなんとか席を確保できたものの、当然ながら取れた席はこの「しょぼい」座席である。

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眠れない最後の夜、列車は23時すぎに青函トンネルへ入った。20分後、指定席車両の照明は深夜灯に切り替わった。天井の蛍光灯は薄明かり。窓の外の、トンネルの蛍光灯の明かりが流れていく。椅子に座りながら暗い車内をぼんやり眺めていると、なんとも言えない感傷が湧き上がってきた。

 

私事で恐縮だが、筆者が初めて「はまなす」に乗ったのは2008年。大学1年の夏休みだった。特にすることもなく暇だったので、1万円で5日間乗り放題(当時)の「北海道&東日本パス」を購入し、宛てもなく「はまなす」に乗り込み、青森に向かった。青森では浅虫温泉の足湯に浸かり、函館に船で戻り、少し散歩して札幌に引き返す。たったそれだけだったが、気軽に本州に足を伸ばせる「はまなす」の実力を体感したのだった。

なにしろ道民にとって、「県境」の壁はとてつもなく高い。通勤通学圏が県境を越えることも珍しくない「内地」と違い、北海道にとっての「道外」は文字通り「海外」であった。パスポートこそ必要ないが、ほとんどの場合飛行機に乗らなければならない。自由席車を連結し、夜の10時に飛び乗れば東北入りできる「はまなす」の利便性は抜群だった。

早朝の青森を起点に、ある時はまっすぐ東京方面へ、ある時は寄り道をしながら南へ。弘前城の桜を見に、ゴールデンウイークに乗った時には増結した車両も満杯になり、デッキや通路にまで人が溢れていたこともあった。その時はドリームカーの端に設置されたミニラウンジのスペースで、乗り合わせた乗客と雑談をして朝まで過ごした。

時にはトラブルも起こった。函館線の線路が倒木で塞がれてしまった時は、青森駅で運転を見合わせた「はまなす」の車中で一晩を過ごした。朝、朝食として青森駅名物「ほたて釜めし」が無償で配布されるという嬉しすぎるサプライズがあったのもいい思い出だ。東日本大震災が発生する直前にも、筆者は「はまなす」で東北と行き来した。その後も、運転再開後には、何度も「はまなす」に乗って東北へ足を伸ばした。

 

0時44分。函館駅に着くと、辺りがそわそわし始めた。「はまなす」は函館駅で、電気機関車とディーゼル機関車の付け替え作業を行うため30分ほど停車する。珍しい光景なので、毎回列車を降りて見物する客がいるのだが、この日は機関車のまわりに人だかりができ、大にぎわいだった。

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とても数えきれないが、少なくとも50人はいた。普段は機関車1両で運転する「はまなす」だが、この日は(カシオペアや北斗星と同じく)2両を連結しての運転。万一の故障に備え、有終の美を確実に飾るためだろうか。

停車時間が長いので、機関車の交換作業を見る以外にも列車を降りる人が多い。喫煙所へ行き一服する人や、駅のトイレで用をたす人、一旦改札を外に出てコンビニへ買い出しに行く人もいた。「はまなす」の札幌行きは1時23分、青森行きは2時52分(最近は3時22分だった)に函館を発車する。函館駅は全国でも珍しく、深夜まで灯が消えない駅だった。真夜中の函館駅も、これで見納めだ。

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函館を過ぎてもしばらく寝付けず、ぼんやりしていた。これは2時20分頃に撮影した写真。右側には海しかないはずなので、漁船の漁火が点々と輝いているのだろう。

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4時15分。東室蘭に到着し、停車時のガタン、という振動で目が覚めた。さすがに体力が限界だったのか、寝落ちしたらしい。次に気がつくと、車窓はうっすら明るくなり、煙突から煙が上がる様子が見えた。一瞬、室蘭の景色かと思っていたが、どうやら苫小牧まで来ていたようだ。

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苫小牧を発車して少し経った、5時10分。

 

 「みなさま、おはようございます。ごゆっくりお休みいただけましたでしょうか。ただいまの時刻は5時10分です。急行はまなす 札幌行きは、ただいま定刻通りに運転しております。次は南千歳に停車いたします。南千歳には5時25分に到着をいたします。続きまして千歳には5時29分、新札幌5時55分、終着の札幌には6時07分に到着いたします。」

 

「はまなす」では朝になると、車掌から「おはようございます」という挨拶の後、現在時刻、遅れの有無、到着予定時刻を知らせてくれる。札幌行きは苫小牧発車後、青森行きは運転停車した蟹田の発車後に流れるのがお決まりのパターンだった。今回は省略されたが、「本日は3月22日火曜日…」と日付を知らせてくれることもあり、一夜が明けたことを実感する瞬間でもあった。

苫小牧を過ぎると大きく左にカーブし、進行方向は北東から北西に変わる。南千歳を過ぎると、右側の窓からまぶしい朝日が車内に差し込んできた。ここ数日は天気が変わりやすく、前日は札幌では大雪だった。しかしこの日は、ラストランに華を添えるようなやわらかい光が「はまなす」を包み込んでいた。

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列車は南千歳、千歳、新札幌と停車する。市街地、住宅地、農地、森林と景色を変えながら、しだいに大都市らしい景色に変わっていく。よく見ると、線路沿いや駅のホームなど、至るところに写真撮影や見送りの人が集まっていた。道内テレビ局の朝の情報番組では、沿線各所から「はまなす」ラストランの様子を生中継していたらしい。朝焼けの下、青い列車が輝いて見えたことだろう。

 

5時59分。「ハイケンスのセレナーデ」のオルゴールが優しく音色を奏でた。到着の合図だ。

 

 「ご乗車大変お疲れさまでした。まもなく、終着の札幌に到着いたします。降り口は右側で、3番線に停車いたします。お降りの際には、お忘れ物をなさいませんよう、ご注意ください。

 

 お乗り換えの列車、ご案内をいたします。

 小樽方面、然別行きは1番線から6時13分の連絡です。然別行きは1番線から6時13分です。

 江別行きの普通列車は、10番線から6時20分です。

 江別より遠く、滝川行きは、9番線から6時37分の連絡です。

 学園都市線の石狩当別行きは、7番線から6時20分の連絡です。

 お忘れ物ございませんよう、そろそろお支度をしてお待ちください。

 

 みなさま。本日、青森・札幌間を走行してまいりました急行はまなすは、ラストランとなりました。急行はまなすは昭和63年3月13日、青函トンネル開業と同時に、快速海峡号、特急はつかり号、寝台特急北斗星、日本海号とともに運行を開始した列車です。

 その後、平成14年度のスーパー白鳥号運転に伴い、快速海峡号、特急はつかり号の運行が終了し、さらには、昨年運行を終了いたしました、寝台特急北斗星、トワイライトとともに…夢と希望をのせて、走り続けてまいりました。

 多くのみなさまに愛され、数々のドラマを演出してまいりましたが、3月26日、北海道新幹線の開業に伴い、その役目を終え、28年間の歴史に、本日、無事、幕をおろすことができました。ご乗車のみなさま、そして、急行はまなすを愛し、応援していただいたお客様へ、JR北海道を代表いたしまして、お礼申し上げます。長い間、ご利用いただきまして、本当にありがとうございました。

 急行はまなすは、本日で最後の運行となりますが、これからも、みなさまの心の中で、いつまでも走り続けていただければ幸いに思います。また、新たな感動をお伝えすることができますように、社員一同努力してまいります。今後もJR北海道、そして、開業いたします北海道新幹線を、どうぞよろしくお願いいたします。

 最後になりますが、急行はまなすの思い出を、車内にお忘れになりませんよう、お気をつけてお降りください。本日のご乗車、誠にありがとうございました。

 

 お忘れ物、ございませんでしょうか。もう一度お手回り品をよくお確かめの上、お降りください。本日は、急行はまなすをご利用いただきまして、本当にありがとうございました。まもなく、終着の札幌に到着いたします。降り口は右側、3番線に到着いたします。」

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列車はゆっくりと、たくさんのファンと報道陣が待つ札幌駅に入った。忘れ物をしないように、思い出を噛み締めて、ゆっくりホームに降りた。

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ラストラン前日の様子。「はまなす」は雪煙を上げて走ってきた。

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—— All photos and texts by Akihiro Maeda


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