「はやぶさ」引退から10年、改めて『寝台特急殺人事件』を読む――鉄道ミステリを読む【001】

2019.04.27

ご挨拶

こんにちは、鉄道チャンネルのニューフェイス・バッシーです。

学生時代は文芸サークルに所属して小説を書いたり読書に没頭したりしてたんですよー、などと吹聴していたらいつの間にか「鉄道」に関係する作品紹介コラムを持つことになりました。

残念ながら学生時代のバッシー君は現代の海外ミステリ専門だったので鉄道関係のエンタメには疎いのですが、それならそれで「鉄道ミステリを読む」と題して名作を一冊ずつ読んでいけば、鉄道エンタメ初心者の成長の過程を見守るコンテンツみたいな味が出ていいんじゃなかろうか?ということで本企画がスタートしました。

本のチョイスは完全に私の独断ですが、なるべく現代でも手に入りやすくて(Kindle版が出てるとなおよし)評価の高いものを取り上げつつ、作中で扱われている電車や路線についてもちょいちょい扱っていく予定です。国内ミステリが中心ですが、気が向いたら海外ミステリとか新作とかマンガとかも扱うかもしれません。何卒よろしくお願いします。

西村京太郎『寝台特急殺人事件』

鉄道ミステリコラム第1回で取り上げるのは西村京太郎の鉄道ミステリ―第1作。

刊行は1978年というから41年も前になります。西村京太郎はこの『寝台特急殺人事件』でブレイクし、以来、鉄道ミステリ―の執筆依頼ばかり舞い込むようになった……というのは有名なお話。それ以前は社会派小説や海難小説も旺盛に書かれていて、十津川警部が初登場した『赤い帆船』(1973年)も鉄道とは特に関係ないのだとか。まあ作品周辺の話はそこまで、さっそく読んでいきましょう。

『寝台特急殺人事件』の舞台となるのはブルートレイン「はやぶさ」。東京から西鹿児島へ向かう週刊誌「エポック」の記者・青木は「ブルートレインが人気の秘密を探ってこい」と命じられ、「はやぶさ」の個室寝台へと乗り込みます。車内では謎の美女や弁護士を名乗る怪しい男と出会うのですが……

夜、目を覚ました青木は不思議な出来事に遭遇します。「はやぶさ」が倉敷駅を通過したとき、青木は腕時計の時刻から「はやぶさ」の時刻表との食い違いに気づき、謎の美女がいたはずの8号室からは全くの別人が現れる。

「自分は何者かに眠らされ、「はやぶさ」ではなく「富士」に乗せられたのでは?」

事情を報告しようと車掌室へ向かった青木は、後ろから何者かに殴られて気を失い、門司駅に放置されていました。彼が車内で出会った謎の美女は多摩川で遺体となって発見され、以降のストーリーは十津川警部一行に委ねられます。遺体のハンドバッグからは庶民派の運輸大臣武田信太郎の名刺が見つかり、事件は二年前の五億円詐取事件と複雑に絡み始める……

さすがに40年以上も前の作品なので各キャラクターの描写はものすごくシンプルで、昨今のキャラクター小説に慣れている身としては、アリバイ崩しに焦点が当てられている本作は、その点では読んでいてやや物足りなく感じました。青木が「富士」に乗せられていた謎もトリック自体は現代の目からは使い古されているように見え、現代では古びた感のある古典とはこういうもの、と思わせられます。

でもいつの間にか「はやぶさ」から「富士」に乗っていた、という冒頭の謎。そして時刻表を睨みながらロジカルに解いていく過程には脳髄を痺れさせるものがある。だからミステリを読んでるんですよ。

大人気だったブルートレイン

作品の年代は今からおよそ40年前。私が生まれるずっと前のことなので想像するのは難しいのですが、当時は寝台特急が大人気でした。本作にはその頃の情景がリアルに描かれています。

“(いるな)
 青木が、自然に笑顔になったのは、ホームの前方に、カメラや録音機や、8ミリ撮影機を持った若者たちが群がっていたからである。大半が、小、中学生の、それも男の子たちだ。
 最近、少年たちの間で、ブルートレインの愛称で呼ばれる夜行寝台列車の人気がすさまじいと聞いていたが、それを裏書きするような光景である。
 めったやらたに、列車に向かってフラッシュをたいたり、8ミリを回している少年もいる。ブルートレインさえ撮っていれば満足だという顔付きだ。
 慎重に三脚をすえ、〈はやぶさ〉の発車を待っている子供もいる。
 なかには、数人の大人も混じっていた。”

冒頭の青木記者がブルートレインに乗るシーンですが、鉄分多めの子供たちが〈はやぶさ〉の写真撮影に夢中になっている様子がよく分かります。1970年代にはスーパーカーブームがあり、そこで熱を上げた子供たちの興味関心がブルートレインにも向けられた、とも言われていますね。

もちろん夢中になっているのは子供たちだけではありません。青木記者はブルートレインに乗り込んで列車の構造を調べるのですが、そこでブルートレインの好きな若者と出会います。特急の窓は開かない、という先入観を持っていた青木が「窓が開くんだねえ」とつぶやくと、その若者に「ブルートレインの個室寝台の1号車のこの窓と、車掌室の窓は、開くんだ」と教えられる。

実はこれ、作中後半で警察との連絡に通信文を使うシーンでさりげなく生きてきたりするんですけど、

“松下車掌は、車掌室横の窓を開けた。夜の冷気が、車内に吹き込んできた。松下は、窓から、首を突き出すようにし、走り過ぎる兵庫駅のホームに、通信文を投げた。

こういう細かいところが鉄道ファンの心をくすぐったのかな、と読んでいて感じ入りました。ブルートレインに実際に乗車したであろう著者の手触りとか、当時の鉄道ファンの様子が伝わってくるようですね。

寝台特急「はやぶさ」引退から10年

“ 青木は、あることを考えて、時刻表に、もう一度、眼を通した。
 東京から、山陽、九州方面へ向かう寝台特急は、次の七本である。

①さくら 16時30分東京発 長崎・佐世保行き
②はやぶさ 16時45分発 西鹿児島行き
③みずほ 17時発 熊本・長崎行き
④富 士 18時発 西鹿児島行き
⑤あさかぜ1号 18時25分発 博多行き
⑥あさかぜ3号 19時発 下関行き
⑦瀬 戸 19時25分発 宇野行き”

と、作中では七本の寝台特急に言及されるのですが、現在も運行している列車はありません。まあ瀬戸は「サンライズ瀬戸」になって今も運行しているわけですが、少なくともブルートレインの運行は2015年の「北斗星」引退を最後に全て終了してしまいました。

東京から九州(博多)まで、現代の新幹線なら5時間を切る。飛行機を使えばもっと早い。そういった新幹線や旅客機の発達で移動手段としての競争力を失った寝台特急は、昭和から平成にかけて緩やかに役割を終えていったということでしょう。

ではその後の足跡は、というと……鉄道ファンにとっては今更な話かもしれませんが、今でも「乗る」だけなら方法があるんですね。

平成22年(2010年)、「はやぶさ」は簡易宿泊施設として生まれ変わりました。ブルートレイン「たらぎ」としてくま川鉄道湯前線多良木駅から徒歩数分の場所で宿泊可能です。比較的安価に宿泊出来るので、もし当時の旅情に触れたいのなら、一泊してみるのも良いかもしれません。

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