大阪85年の変遷を見守ってきた”177号”の語る沿線風景『阪堺電車177号の追憶』――鉄道ミステリを読む【006】

2019.06.09

阪堺電気軌道モ161形電車といえば、昭和の初期から90年以上稼働しているおじいちゃん電車。「オリエント急行」仕様のラッピング車両として運行したり、初詣の際に駆り出されたりする働き者です。「卒寿記念切手」が出たりもしましたし、愛され電車の感がありますね。

今回取り上げるのは、その阪堺電車のモ161形177号が昭和から平成までの世の中を振り返る連作短編集『阪堺電車177号の追憶』。調べたところモ161形は176号までしか製造されていないようで、177号は架空の電車ということになります。

本書は大阪の書店員が選ぶ「第6回大阪ほんま本大賞」にも選ばれましたし、2018年11月17日には著者・山本巧次さんと一緒に”177号仕様”のラッピング電車に乗るイベントが開催されましたので(使用車両はモ166だったそうな)、もうこの作品を知ってるよ、という方は大勢いらっしゃるのでは……とも思うのですが、読んでみたらこれがたいそう面白かったので筆を執る次第です。

収録作は「二階の手拭い」「防空壕に入らない女」「財布とコロッケ」「二十五年目の再会」「宴の終わりは幽霊列車」「鉄チャンとパパラッチのポルカ」。「二階の手拭い」や「財布とコロッケ」「二十五年目の再会」などは特にミステリーの感性が迸る短編になっています。

序盤の短編で出てくる登場人物の子孫が後半でしれっと顔を出したりして、小規模な大河ドラマのような趣も感じます。たとえば「防空壕に入らない女」の語り部・雛子は彼女が運転手として177号を動かしているときに出会った謎の女と後の短編で再会し、彼女が逃げ出した理由を知ることになる。「財布とコロッケ」の語り手である章一と財布を盗んだ小学生も後に登場してその後の姿を見せる。乗客の人生を縦糸とするなら、177号がその縦糸を拠り合わせ、一つの短編集として形を成すように作られているわけです。

鉄道とミステリーの融合という点においては、やはり「二階の手拭い」がお気に入り。沿線の景色を眺めて「手ぬぐいがたった一枚だけ干されている」という光景にふと違和感を覚えるのは、いつも同じ路線を運行する電車に乗っていればこそですし、乗客の顔をいちいち覚えているのも何も不自然ではありません。本作はそういった着想から描き出されるミステリーとして実にコンパクトにまとまっていますし、魅力はそこだけではないんです。

“一七七号電車が停止し、辻原は停留所の名を呼ばわりながら、左手でドアスイッチのレバーを操作して中扉を開け、右手で自分の横にある後扉の掛け金を外した。後扉を引き開けると、中年女性が一人乗り込んだ。中扉からも商人風の中年男性が一人。他に乗降がないのを確認し、中扉のドアスイッチを「閉」にして後扉を手で閉める。前扉は、運転士の中橋が扱う。”

“辻原にとっても、一七七号だけに限らず、この一六一形の電車はいいものだった。何より、初めてドアエンジンを装備した、というのが有難い。三つある扉のうち、中扉の開閉はスイッチで遠隔操作できるのだ。いちいち中扉を開けに行かなくてもよいのは非常に助かった。前後の扉はまだ手動だが、次の新型では全部自動開閉になるに違いない。どんな世界でも、文明は日々進歩しているというわけだ。”

著者が鉄道に関わる仕事をしているから、というのもあるのでしょう。昭和の初期に導入された177号の新型感――たとえばハンドルのきき具合だとか、中扉の開錠が運転台からでも行えるとか、そういった細かい描写の一つ一つにこの車両に対する深い理解を感じませんか。読み進めていく内に177号は次第に老朽化していき、戦後501形が導入されたときに先輩風を吹かせつつもひねくれて見せたりする。”古びていくもの”への愛着とでも言いましょうか、そんな優しさが満ちた作品です。

阪堺電車に乗ってみる

6月8日(土)には阪堺電車の「あびこ道車庫」にて、第21回「路面電車まつり」が開催されました。私は残念ながらそちらには伺えなかったのですが、6月7日に大阪環状線から引退した201系(事前撮影会)を取材したその足で阪堺電車の写真を撮影してきました。大阪在住の人にとっては珍しくもなんともない写真だと思いますが、自分にとっては初めて乗る電車でしたので、なかなかに思い出の深い乗車体験になりました。

一日中乗り回すならこの「全線1日フリー乗車券 てくてくきっぷ」がお得。600円で阪堺電車が1日乗り放題です。年月日をそれぞれスクラッチして、降車時に提示すればOKです。まずはこれで天王寺駅前から浜寺駅前へ向かいます。

「鉄チャンとパパラッチのポルカ」の舞台となった住吉の駅名標。住吉大社に行く場合はすぐ隣の「住吉鳥居前」で降りる方が便利です。車内アナウンスでもそう言ってたので間違いはない、はず。

我孫子道には阪堺電車の本社があります。少し歩くと、我孫子道車庫。様々な車両のボディ広告が目を引きますね。

一方で超低床車両の1001形、堺トラムにはボディ広告らしきものはありません。まあ2017年度の「グッドデザイン賞」を受賞した車体にいきなり広告を、というのも粋ではないでしょうしね。ちなみに堺トラムには「茶ちゃ」「紫おん」「青らん」がありますが、作中に出てくるのは”1004号”。

上町線終点の浜寺駅前の駅舎は大変レトロです。観光が目当てならここからすぐ浜寺公園に行ってバラ園を見るのも良いでしょう。ただ、この浜寺駅前のすぐそばに南海電鉄の浜寺公園駅があるので、ちょっとだけ寄り道をします。

浜寺公園駅は連続立体交差事業のため高架化される予定で、現在は仮駅舎で営業しています。写真は辰野金吾が設計したという私鉄最古の旧駅舎。こちらは現在ギャラリーやカフェとして運用されています。

ちなみにこの浜寺公園駅から一駅先に諏訪ノ森駅があります。南海電車に乗ってもいいのですが、せっかく1日フリー乗車券を買ったので、再度阪堺電車に乗車して一駅離れた船尾で降り、諏訪ノ森駅まで歩いていきました。

約100年の歴史を持つ木造駅舎が引退、5/25から仮駅舎に切り替え

こちらも現在は仮駅舎で運用中。現在の姿を写真に収め、再度船尾に戻り、今度は我孫子道で阪堺線に乗り換えて恵美須町へ。

100円で使用できるコインロッカーもなかなかレトロ。残念ながら今回はタイミングが合わず堺トラムに乗れませんでしたので、次は乗ってみたいですね。

TAGS 書籍・雑誌


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