次は実際に新幹線の乗務員・パーサーの徳渕真利子さんが書かれた「ワゴンの裏側で」(2007年)

最近は車内販売の無い新幹線が多くなった気がします。サラリーマン時代は別にして、この10年以上、ほとんど車内販売を利用しなくなってしまいました。窓側の座席が好きだという理由もあるかもしれません。

専ら青春18きっぷで鉄道旅をしているので予め飲料や弁当を用意して乗ることが習慣になってしまったのです。更に、駅にJR系のコンビニが完備され「車内でしか買えない商品」がほとんど無くなったこともあります。

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それに私は移動中基本的にアルコールを飲みません。宿について汗を流してからのビールが美味しいからです。

車内販売・新幹線ガールの手記です。内容的には特に予想外のこともなく、そりゃ朝夕はサラリーマンの客が多いでしょうし、朝からビールを飲む勤め人など多くはいないでしょう。いずれにしても接客の基本に忠実、とても真面目な内容です。

むしろ、パーサーの皆さんが同じ髪型で仕事をされている印象を受けるので、そーいうルールがあるのか?、とかヒールのついたパンプスの方とぺたんこ靴の方がいて、カートを押しているので、その辺りは個人の選択なのか?、とか、些末事ですが気になっていることがあります。

新幹線で名古屋と東京を毎週の様に往復していた頃は、とても若い販売員というかパーサーの方が多かった気がします。最近は、落ち着いた妙齢の方が多い気がします。

次に登場するのは、水戸岡鋭治(1947〜)さん。車両・駅舎・駅空間などのデザインで鉄道ファンにはお馴染みの方ですね。文章も「鉄道をデザインする」(2009年)です。

JR九州の列車デザインが有名です。1988年(昭和63年)58系7000番台を「アクアエクスプレス」にリニューアルしたのが最初の仕事です。

1991年(平成3年)にはキハ200系気動車の新造車両。1992年(平成4年)鉄道友の会ローレル賞。

以下、代表的な新造車両のデザインを見てみます。

1992〜2002年に140両作られた787系電車。811系電車の走行系をベースに開発されました。
・1993年(平成5年)鉄道友の会ブルーリボン賞
・1993年(平成5年)グッドデザイン賞
・1994年(平成6年)ブルネル賞

1993年〜キハ125形気動車。

1994年(平成6年)813系電車

1995年(平成7年)883系電車”ソニック”。この車両に初めて乗った時はデザインの斬新さに仰天しました。内装も事務的で退屈なJRデザインとは全く異なった自由さに感動すら覚えました。
・1995年(平成7年)グッドデザイン賞
・1996年(平成8年)ブルーリボン賞
・1996年(平成8年)ブルネル賞

1999年(平成11年)815系電車。
・2001年(平成13年)グッドデザイン賞
・2001年(平成13年)ブルネル賞

1999年(平成11年)「ゆふいんの森」Ⅲ世、キハ72系リニューアル。

2000年(平成12年)885系電車。
・2001年(平成13年)ブルーリボン賞
・2001年(平成13年)グッドデザイン賞
・2001年(平成13年)ブルネル賞

2000年(平成12年)303系電車。福岡市営地下鉄との相互乗り入れ用。

2001年(平成13年)817系電車。

2003年(平成15年)新幹線800系電車。今回の文章のテーマになった車両。特徴的な縦の前照灯がよく分かるカットを探しました。まだ乗ったことが無いので内装の写真がありません。
・2005年(平成17年)ローレル賞
・2005年(平成17年)グッドデザイン賞

2013年(平成25年)「ななつ星 in 九州」牽引ディーゼル機関車DF200形7000番台。個人的には些か「やり過ぎだなぁ」と思います。

「ななつ星 in 九州」牽引ディーゼル機関車は、北海道で貨物列車を引っ張っている「RED BEAR」と同じ機関車。ちょっと吃驚します。

2013年(平成25年)同じく「ななつ星 in 九州」の77系客車。これも「鉄道をデザインする」で取り上げられています。機関車同様、個人的には装飾過剰を感じます。

2016年(平成28年)交流架線式蓄電池電車BEC819系電車。
・2017年(平成29年)ブルーリボン賞

しかし錚々たる車両が並んでいます。おそらく鉄道会社・車両製造会社と直接的な関係のなかった外部デザイナーがこれだけ多くの車両をデザインした例はこれまでなかったでしょう。結果的に水戸岡さんはデザイン顧問の様なポジションにおさまっておられます。

毀誉褒貶はありますが、水戸岡鋭治さんが鉄道会社に与えた「デザイン・コンシャス」という影響はとても重要だと思います。というか水戸岡鋭治さんの新鮮なデザインを現実の車両に採用したJR九州初代石井幸孝社長の英断が素晴らしいと思います。

国鉄時代からJRになっても「車両は道具」という事務的な退屈さが横行していました。でも、道具とは言え、ユーザーとのインターフェイスはデザインですよね。

長くなったので水戸岡鋭治さんの文章については次回。

(写真・記事/住田至朗)