内山節「ヤドカリ」(1986年)

著者の内山さんは1950年(昭和25年)東京生まれの哲学者。1970年代から群馬県上野村と東京を行き来する生活を始めました。

10年程前の夏の深夜、本郷の夜道を一匹のヤドカリが歩いていました。デパートか夜店で買われたヤドカリが狭い水槽から逃走したのでしょうか。内山さんは暫くヤドカリの後を追って歩きますが2時間後湯島辺りで拾いあげます。ヤドカリは、上野から浅草を抜けて東京湾を目指していました。もう少しマシな海に逃がしてやろう、と翌朝朝一番の特急で千葉の館山に向かいました。そこからは州崎行のバスで房総半島の突端の海岸に行き、ヤドカリを放しました。

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東京に戻る帰路で内山さんはヤドカリの海への真っ直ぐな意志に羨望を感じます。

現代の僕たちには、生きるという問題が、精神のなかでブラックボックスのように、あるいは空白の円のように広がっているような気がする。ドーナツの輪の上を回るように生活しているうちに、次第に真ん中の空白は大きくなてきて、いまではドーナツのような輪も、人がやっと歩けるだけの幅に狭まってしまったような気がする。
そうして、どんなに追いつめられた精神を持っていたとしても、それでも人は生きていけるという単純な事実に僕は落胆するのである。それは人間のもつ本質的な悲しさであるような気がする。本書 p.363-364

故郷。

東京生まれの故郷を持たない一人として内山さんは、群馬県から東京に戻る時に絶望感のような感傷に襲われると書いています。東京を離れて田舎で暮らしたいという夢を持つ仲間も多くいますが、

といっても生活とはそんなに小回りのきくものではないことがわかっているから、ただ東京を離れる夢だけが一方的にひろがっていくのである。本書 p.365

いまや大都市は、大都市という規範に従うことを住民に要求します。

多様性という名の画一性を強制する街に変わった。本書 p.365

金太郎飴の様な「個性」にウンザリします。だから僕らは青春18きっぷで時間のかかる鉄道旅に出発するのです。何度も。

(写真・記事/住田至朗)