静内駅・日高本線の駅05【50代から始めた鉄道趣味】その57

2019.08.07

国道で信号待ちです。レンタカーからの写真。静内駅に到着しました。流石、日高本線を代表する中心駅というだけあって駅前広場も広く、堂々としたサラブレッドの記念碑も見えます。空模様がイマイチですが。

2001年(平成13年)に厩舎をイメージする新駅舎に建て替えられました。大きくてキレイな駅舎。新冠駅からは4.9km。

駅舎には、新ひだか町観光情報センターや特産品売店があります。営業していました。それよりも列車休止中なのに駅そばが営業中なので驚きました。筆者も食べました。店の方に訊くと自家用車で食べに来ている人が多い様です。

駅舎を抜けてホーム側に出ました。改札は有人、スタッフに断ってホームに出ています。構内踏切の方にスロープを降ります。

構内踏切とホーム。駅名標があります。錆びたレールがもの悲しいです。

小雪が舞う2014年3月、この踏切を走って渡った旅行中の少年がスゴイ勢いで転んで怪我をしたことがありました。私はすぐ横を渡っていたのでビックリ。痛かったと思いますが男の子は照れくさかったのか笑っていました。幸いアタマも打っていないし、見た目も大した怪我ではありませんでした。それでも擦り傷から血が流れていたので、持っている全ての救急絆創膏をあげたことを思い出します。仲間と中学卒業旅行をしていたという彼もそろそろ成人、元気かな〜。

駅名標。1926年(昭和元年)日高拓殖鉄道の駅として開業しました。翌年国有化され日高線の駅になりました。1933年(昭和8年)当駅から日高三石駅間が延伸開業。1959年(昭和34年)までは静内機関区がありました。1978年(昭和53年)コンテナ基地が設置されましたが、1984年(昭和59年)には貨物の扱いが廃止。

2015年の高波被災の後、ほぼ一ヶ月間だけですが、当駅と様似駅間で列車が運行されました。現在は代行バスになっています。しかし、「やろうと思えば列車は運行できるんだ」と言う思いが沿線住民には強く残ったと思います。後述しますが駅そば屋の方もその事を言っていました。

構内踏切から苫小牧方面を見ています。ホームの上屋に、2014年に来た時は屋根がありました。探しましたが残念ながら写真が見つかりません。

様似側の駅名標とホーム。奥は苫小牧方面になります。

駅舎側単式ホームの駅名標、何故か白っぽく薄れていました。

ホームの苫小牧側にも駅名標があります。このホーム、明らかに元は島式ホーム1面2線ですよね。

苫小牧方面にはかつての貨物ヤード跡の様な広がりが残っています。とにかく構内が広い!

ホームの海側にも側線があります。こちらも何処までが駅構内か判然としません。

静内駅には不思議な活気がありました。駅舎側単式ホームでは何やらインバウンド観光客向けのイベントが準備中で忙しそうでしたし。駅そば屋のおばちゃんも「高波の後も運転していたんだよ!」「日高本線廃止に反対してる!」「廃止なんかさせない!」と意気軒昂でした。いいですね〜。応援したい。

(写真・記事/住田至朗)

TAGS JR北海道


LINEで送る

オススメ記事

こちらの記事もオススメです