「ギリシャに行ってきたんです」――などとうそぶいてこの写真を見せると結構な人が信じてしまいそうですが、ここは地中海ではなく瀬戸内海に浮かぶ生口島、尾道市瀬戸田町耕三寺博物館の大理石庭園「未来心の丘(みらいしんのおか)」

環境彫刻家として知られる杭谷一東(くえたにいっとう)氏が1988年より制作を開始。第1期オープンは2000年ということで公開から20年近くも経っているのですが、長らく広島県民をやっていたにもかかわらずインドア派の記者はそんな美しい場所があるとは存じませんでした。

むろん尾道を知らないわけではありません。なにしろこの街は映画の舞台にもたびたび選ばれる風光明媚な観光地。2019年の観光客数は639万4千人(内33万人は外国人観光客)と県内4位にとどまっているものの、観光都市としての知名度は県内随一。記者もかつては学校をサボって尾道へ向かい、海を眺めながら坂の街をぶらりと歩くという激エモな一日を過ごしたものです。

尾道駅前の交差点

尾道には素敵な場所がたくさんある。広島風に言えば「尾道にゃーこげな面白い場所がようけあるんよ」みたいな。でも記者が「未来心の丘」を知らなかったように、意外な激アツ観光スポットとか「実際に足を運んでみたら滅茶苦茶面白かった」なんて場所はたくさんあるはずなんですよ。今回の記事はそういった必見スポットを紹介しながら、JR西日本が開発した「とあるアプリ」を徹底解説していきます。

MaaSアプリ「setowa」と瀬戸内海

なぜに「鉄道チャンネル」でそんな旅行雑誌じみた記事を掲載するのか、という点についてご説明します(どうでもいい人は下の「尾道新駅舎では新駅長がお出迎え」まで読み飛ばしてね)。

来年2020年10月から12月にかけて「せとうち広島デスティネーションキャンペーン」(せとうち広島DC)が開催されます。広島最強の観光地・尾道だけではなく、県東部せとうちエリアやその周辺地域の魅力を掘りつくして楽しんでほしい!ということで、現在は本番に向けて関係各社が色々と準備を進めている段階。

DC(Destination Campaign)というのはJRグループ6社と各地方自治体・地元の観光業者が手を組んで行う観光キャンペーンのこと。「せとうち広島DC」は、平たく言えばJR西日本とせとうちがタッグでお送りする観光キャンペーンということになります。

JR西日本はこのDCのために「etSETOra」という観光列車を準備したりしていますが、実はもう一つ、2020年3月31日までの実証実験用にとっておきの隠し玉を用意していました。

それは……

画像:JR西日本

――setowa

最近話題に上がるようになったMaaSアプリ、そのせとうち版。

MaaS(Mobility as a Service)はICTを活用して交通をクラウド化し、マイカー以外の鉄道、船舶、バス・タクシー・レンタカーなどの交通機関を1つの「移動」サービスとして捉え、シームレスにつなごうという概念です。フィンランドの「Whim」が流行ったこともあり、JRのみならず私鉄各社も力を入れるようになりました。

この説明じゃ分かりづらいぞー、という場合は乗り換え検索アプリを想像してみてください(Yahoo!の乗り換え案内とか)。出発地と目的地と出発時間(到着時間)を入れたら鉄道路線だけじゃなくて飛行機とか路線バス、フェリー、徒歩を交えた経路案内が出てきますよね。厳密には異なりますが、大雑把にはそういうのが「MaaS」です――という捉え方でOKだと思います。

JR西日本は鉄道事業者ですが、せとうちの島々へ行こうとするとやはりフェリーに乗るなりしまなみ街道を使うなりして鉄道以外の交通手段を使う必要があります。そう考えると、せとうちエリアを盛り上げるために鉄道”以外”の交通手段も網羅するアプリを出す、というのは理にかなっていると言えましょう。

しかし実際の使い心地はどうなんでしょうか? 「setowa」の概要を読むと旅程を作成する「スケジューラー機能」など、これまでのMaaSアプリでは見なかったようなシステムが搭載されているようですが、紙面で機能説明を読むだけでは何が出来るのか今一つ分かりません。その機能や使い勝手を伝えるためには実際に触って、旅をしてみるしかないでしょう。

というわけで、今回はJR西日本の主催する「setowa」体験取材ツアーに参加、瀬戸内海へ向かいました。前置きが長くなってしまいましたが、本稿では「setowa」の使い方を徹底解説するとともに、旅先の素敵な場所を写真付きで紹介していきます。

MaaSアプリで旅のスケジュールを作成しよう

まずは115系で福山から尾道へ

今回の体験取材一日目の行程は、まず東京から新幹線で福山へ向かい、福山から山陽本線で尾道へ。尾道からフェリーで瀬戸田(生口島)へ渡り、平山郁夫美術館と耕三寺を訪れてから再びフェリーで尾道へ帰るというもの。

なぜ新幹線を福山で降りるのかというと、setowaの「デジタルフリーパス」利用区間の東端だから。3,000円(こども1,500円)支払ってデジタルフリーパスを買うと、福山~三原(山陽本線)、三原~竹原(呉線)の普通列車普通車自由席一部区間路線バスロープウェイフェリーなどが2日間乗り放題になります。

画像:JR西日本

早速setowaを起動してスケジューラー機能で福山から尾道へ向かう旅程を作ってみましょう。出発地と目的地を設定し、その後「立ち寄る場所」を追加していくという流れになります。

setowaを起動し、まずはアカウントを登録。運転免許証の有無などを入力しよう
「Myルート」から「新規作成」をチョイス

 

旅の名前は「尾道取材」にして出発地「福山」、目的地「尾道」と登録してみた。すると「Myルート」に旅程が追加されるので、右画面の「予定を追加」から行きたい場所をガンガン追加していこう

ここから観光したい場所を追加していきます。まずは「デジタルフリーパス」で入館できる尾道市瀬戸田町の平山郁夫美術館をチョイス。「予定を追加」ボタンを押し、「観る・体験」→「島」タブから「午後」「一時間」で追加。すると生口島へ向かう旅程が完成しました、が……

尾道まで普通列車で、そこからはフェリーで行きたいのだが……

setowaデジタルフリーパスを使えば瀬戸内クルージングの「尾道~瀬戸田航路」に無料で乗れるのに、なぜか三原まで新幹線「こだま」に乗った上に三原~生口島航路(こっちも同様に無料で乗れます)を使うスケジュールが生成されてしまいました。しかもスケジューラー上では新幹線から普通列車に変更が出来ません。

福山から三原まで「こだま」に乗れば18分、福山~尾道は20分。尾道~瀬戸田航路は40分、三原~瀬戸田航路は30分程度なのでそのルートが最短だという理屈は分かります。Yahoo!の乗り換え検索で「福山~瀬戸田」を設定しても「まず福山から三原まで行ってフェリーで瀬戸田へ」という経路がバシバシ表示されるので、恐らくアプリが採用してる経路検索のアルゴリズム由来の問題でしょう。

新幹線をリコメンドされるのは百歩譲ってアリとしても、「三原からのフェリーしかリコメンドされなかったらこのアプリで旅する人は尾道からフェリーが出てることに気付かないのでは?」という疑問が残ります。現状このスケジューラー機能は「旅の予定を仮組」するのには使えても、出力結果に頼って観光するのは難しい。

念のため補足しておくと「これ改修できませんか?」とお伝えしたJR西日本の担当者の方はsetowaのサービス改善には物凄く前向きでした。そもそもの話「setowa」は観光型MaaSの実証実験のためのアプリであり、得られた知見を基に改善を続けながら第二弾、第三弾へとつながるもの。ネットゲームにたとえるならオープンベータテストみたいなもので、要望が集まれば使い心地も改善していくでしょう。

ちなみに福山~尾道までJRで片道420円、尾道~瀬戸田までフェリーで片道1,300円です。仮に福山~瀬戸田を往復するとしたらこの時点で440円分お得になりました。察した方もおられるかと思いますが、setowaが本領を発揮するのは主に価格面でした。

尾道新駅舎では新駅長がお出迎え

JR尾道駅は2019年3月10日リニューアル 新駅長さんは地元誌の表紙も飾る人気者

ひとまず取材班は東京から福山を経由してJR尾道駅へ。

JR尾道駅の駅舎は今年2019年3月10日に新しくなったばかり。駅長さんも今年の6月に着任されたばかり。記者の学生時代の記憶とは一ミリも合致しない、いい意味でフレッシュな光景が現れました。「尾道は気候もいいし食べ物もいい、外から来た人にも寛容な土壌」と駅長さんは仰いますが、元広島県民として補足しておくと瀬戸内は気候が温暖なので実際過ごしやすい場所です。あと魚は普通に美味い。牡蠣は広島で食べて。

駅舎の二階にある「neo」という喫茶店で腹ごしらえ。地元の食材を使ったランチを堪能します。一人で来たなら窓際の席で瀬戸内海を眺めながら食事をしたいものですね。

地元素材をふんだんに使ったランチ
尾道の海を眺めながら食事をしたいものです

また尾道駅舎には「m3 HOSTEL」という宿泊施設が出来ており、北のお部屋からは駅のホームが眺められるようになっています。部屋の中を梯子で移動する関係上、安全のため0歳~12歳の子供は宿泊出来ないそうですが、どう考えてもここは子供が好きそうなホテル……。

ごく稀に「瑞風」が通過することもある
子供心にワクワクする光景 シャワールーム・ランドリー・ミニキッチンなども備えている

尾道ステーションホテルの取材を終えると、次なる目的地「瀬戸田」へ向かうため尾道の港へ。せとうちクルージングの「シトラス」号に乗船します。

乗船の際は福山~尾道間の移動の際に購入したsetowaのデジタルフリーパスを有効化し、乗船時にスマホ画面を提示すればOK。鉄道も船も画面を見せるだけというのは楽でいいですね。これはsetowaのいいところ。

「シトラス」は昭和60年8月に進水 地元住民の足として重宝されている
ここに自転車を積むこともできる 静かな海に航跡が映える

瀬戸内海の島々もじきに雪化粧をする季節。春には桜が咲き誇り、秋は秋で紅葉が美しい。1日8往復しても飽きることはない、とは船長さんの言。岩子島のあたりには漆の鳥居がありますが、これは宮島に総本山がある厳島神社の分社。砂浜の上に鳥居を構えているのは全国に500ある同神社の分社のなかでも非常に珍しいのだとか。

瀬戸田には敦煌とヨーロッパがあった

レモンの島、瀬戸田

およそ40分近いクルーズを終えてレモンで有名な瀬戸田に到着。徒歩で平山郁夫美術館へ向かいます。

途上ではおばあさんのやっているコロッケ屋さんがあり、揚げたての美味しいジャガイモコロッケをいただけます。観光施設ではないのでsetowaには乗っていませんが、90歳くらいのお婆さんに揚げてもらったコロッケを食べながら秋~冬の瀬戸田を歩くのは控えめに言ってエモ体験なので、瀬戸田へは小腹を空かせた状態で立ち寄りましょう。

平山郁夫美術館では瀬戸田生まれの芸術家「平山郁夫」の作品を常設展示しています。取材で訪れた際は「世界遺産 敦煌」展を行っており、敦煌莫高窟第57窟のクローン文化財を展示していました。敦煌では写真撮影が不可能ですが、こちらの美術館内なら可能ということで、瀬戸内にいながら敦煌を疑似体験しつつそれっぽい写真を撮ることも可能です。

敦煌莫高窟のクローン文化財

前述の通り平山郁夫美術館はsetowaの「デジタルフリーパス」で入館可能。本来の入館料は大人920円なので、尾道~瀬戸田をフェリーで往復してこの美術館に入るだけでもデジタルフリーパスの元を取れてしまいます。たとえ美術に興味のない方でも「敦煌莫高窟をバックに写真が撮れる」というのはなかなかに珍しい体験かと思いますので、ふらっと立ち寄る価値ありと断言して良いでしょう(期間によっては展示が終わっていたりもするので、その点は事前にお調べください)。

setowaのデジタルフリーパスを有効化(アクティベート)して入口で提示しよう

平山郁夫美術館を出ると、今度は徒歩で耕三寺へ。記事冒頭の「未来心の丘」があるところですね。入館料は大人1,400円。ここはデジタルフリーパスが使えないので普通に入場料を支払います。

耕三寺は大阪の元実業家耕三寺耕三が慈母への報恩感謝の思いを込めて建立した「母の寺」とも呼ばれる浄土真宗本願寺派の寺院。平成15年には15棟もの堂塔が国の登録有形文化財に指定されました。寺院内にある耕三寺博物館は耕三寺家の美術コレクションを展示するためのもので、昭和28年に開館。

堂々たる耕三寺

「未来心の丘」は冒頭で説明した通り2000年に第一期がオープン。大理石の庭園で歩き疲れた時は「カフェ・クオーレ」でご休憩も可と至れりつくせりです。大理石をふんだんに使った佇まいは瀬戸内海ではなく地中海にいるのでは、と錯覚させるほど。

快晴の昼間もさることながら、夕暮れ時の美しさは至高

庭園から瀬戸内へ目を向けると、このヨーロッパ風の大理石庭園と耕三寺の寺社建築、そして瀬戸田の民家に造船工場が目に入る。他ではまず見られない東洋と西洋が同居する眺望が最高だってこと、分かってほしい。

対岸の日本的な風景と未来心の丘が不思議な眺望をかたちづくる
冒頭の写真と見比べてみてください
夕暮れ時の瀬戸田
本当に、この町には画になるところしかない

尾道、瀬戸田と美しい風景ばかりでした。元地元民でありながらこんな場所があるとはついぞ知らず、勿体ない青春を過ごしてしまったものだと今更ながらに痛感しています。setowa自体はまだまだ改善の余地があるアプリですが、これをきっかけにせとうちの素敵な観光スポットを訪れてほしい、と切に思います。

気になるsetowaの実力は?

尾道や瀬戸田の素敵な風景を紹介しつつも記事本文中では「どうにかならない?」みたいな触れ方をしたsetowaですが、実際のところはというと観光施設をスケジュールに追加するときは、簡単な施設情報や電話連絡先も表示されていて、その点では便利でした。

必要な情報がシンプルにまとまっている 莫高窟の展示は2020年4月まで延長したそうです

「スケジューラー機能」はまだまだ改善の余地あり。またsetowaのデジタルフリーパスで乗れるフェリーやバス、入れる施設などについては「ここでフリーパスが使えるか?」どうかを一目で分かるような工夫をしていただければより使いやすくなる感があります。実際「〇〇~××航路で使えます」と書かれていても普段フェリーに乗らない人からすれば、「ほんとにこれ乗れるのかな……」「間違って対応してない船に乗ってしまうかも?」と不安になるもので、「ここで使える/使えない」を徹底的に明示して利用者のハードルを下げるのが大事ではないかな、と記者は愚考いたします。

金額の面ではかなりお得。旅慣れた人ならデジタルフリーパスを組み込んで旅費を節約することも可能です。参考までに申し上げておくと、この時点で福山~尾道(420円)、フェリー往復(2,600円)、平山郁夫美術館入館料(920円)を3,000円のデジタルフリーパスで支払ったことになるのですでに940円分お得になっています。そしてデジタルフリーパスは2日間有効。初日で元が取れてしまいましたが、翌日もこのアプリでガンガン乗っちゃいますよ。

<次回記事>

JR西日本のMaaSアプリ、どう使う? うさぎの島と”新しいのりもの” ~大久野島・竹原編~
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JR西の新観光列車名は「etSETOra」 2020年秋頃 呉線及び山陽線に導入!
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記事:一橋正浩 写真:神森沙織

※2019年12月17日14時53分 誤字を修正しました。