相模原のイメージ?【駅ぶら01】小田急線75

2020.01.17

トップ画像。下りのロマンスカーとすれ違ったのですが、乗客が乗っていません。ウィークデーの朝です。回送かな。

相武台前駅を出るとまたまたアップダウン。

この後がトップ画像。勾配を下がって、また登ります。

真っ直ぐが続いています。周囲は完全に住宅街。

相武台前駅から2.2kmで小田急相模原駅。

前面ガラスに車内が太陽光に当たって映っています。これは防ぎようがないなぁ。小田急相模原駅も朝のラッシュ時間帯。スゴイ人です。

ここからは、改めて撮影に来たカットになります。時刻もお昼の12時半。上りホーム、新宿方面を見ています。

こちらは小田原側。

駅名標。1938年(昭和13年)相模原駅として開業。相原村、麻溝村、新磯村、大沢村、大野村、上溝町、座間町、田名村の新設合併によって相模原町が誕生するのは1941年(昭和16年)駅の開業の3年後です。駅名が新しい相模原町の名前を先取りしていたのです。同年旧国鉄横浜線に相模原駅が誕生したことで小田急相模原駅に改称。1974年(昭和49年)多摩線に小田急永山駅が開業するまでは駅名に「小田急」を冠する唯一の駅でした。通称はオダサガ。(知らなかった!)

ちなみにJR相模原駅は相模原市の中央に位置しています。小田急相模原駅は相模原市の南端、駅の小田原側にある踏切が座間市との市境です。

橋上駅舎に上がりました。明かり取りの天井のガラスドーム。はっぴえんど風に言えば”びゅーちふる”です。

改札口。

南北自由通路から改札口。

改札口前のセブンイレブンはOdakyu SHOPの「まんま」看板ダケが換わった印象です。

北側はペデストリアンデッキになっています。旧北口広場跡に作られた地下4階地上20階の「ラクアル・オダサガ」と接しています。1~3階が商業施設、4階は相模原市の文化施設、5階以上は住居という「ラクアル・オダサガ」は県道横断デッキで行幸道路北側に2013年(平成25年)にできた「ペアナードオダサガ」とつながっていて、利用者は駅・「ラクアル・オダサガ」から「ペアナードオダサガ」まで道路を横断せずに行き来できます。

駅改札を振り返りました。

北口には新しい広場、ロータリーがあって、その中央に大きな樹が立っています。昔からあった樹だと良いですね。

地上、駅前広場から見た北口、右の高い建物が「ラクアル・オダサガ」です。

南口に来ました。駅の向こうに「ラクアル・オダサガ」が見えています。

相模原は、若い頃、三菱重工業相模原製作所に船舶用の巨大なエンジン、オーダー製作の取扱説明書映像を作りに通ったコトがあったくらいで、あまり縁の無いエリアでした。今回、実際に小田急相模原駅、オダサガを訪れて驚いたのは、ふだん三浦半島の、家の横の小川に蛍が飛ぶ様な片田舎に暮らしている人間にはすごくモダンな街でした。相模=相撲ナンバーなんて冗談を言ってられません。

【駅ぶら01】小田急線76 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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