多摩線では利用者が一番少ない駅【駅ぶら01】小田急線79

2020.01.21

栗平駅からは丘陵部を北東側に回り込む様に避けて上ってゆきます。トップ画像はこの直後、上り列車が入ってきたカットです。

そもそもこのエリアは、1960年代に計画が立ち上がり、1966年(昭和41年)に事業として着手された多摩ニュータウン構想以前は丘陵と山林、そして耕地が広がる純然たる里山のエリアでした。

そうは言っても、詩人の国木田独歩が1900年代初頭の渋谷NHKセンター辺りに居住し、その周囲の自然を「武蔵野」として描き出してからわずかに60年後のことなのです。その頃のNHK放送センター辺りは牧場で牛が飼われていました。独歩は牛乳を分けてもらったと書いています。

消え去った多摩の里山を追想していたら切り通しに跨線橋があってその向こうは駅です。

栗平駅から1.3kmで黒川駅。勾配を登り切った所に駅が作られています。

駅の向こうにはトンネルが口をあけています。基本的には丘陵地帯なのです。

跨線橋をくぐって、ようやく駅の跨線橋と橋上駅舎が見えてきました。

ここからは、いったん終点まで前面展望を撮った後、上り線で唐木田駅から新百合ヶ丘駅に戻りながら各駅を撮ったカットになります。上りホームから唐木田駅方面を見ています。既視感を感じてしまう程、栗平駅と似た佇まいです。

望遠レンズで唐木田駅方面のトンネルを撮りました。下り列車がトンネルに入ってゆきます。ホームの先端部分が2012年度に10両編成対応で延長されていますが、極端に狭いのが分かります。イエローラインの外側には一人り立つのがやっとです。

駅名標。1974年(昭和49年)多摩線開通と同時に開業。無人駅でした。2006年(平成18年)駅のリニューアル工事が完了。2018年(平成30年)ダイヤ改正で多摩線の準急が廃止となり各駅停車のみが停車する駅になりました。

跨線橋に上がって唐木田駅方面を見ました。まだまだ市街化調整区域が指定されているのか、開発の手から自然が守られていてホッとする眺めです。

この駅も屋根は布地です。改札口。7:30から終電までは駅員さんが配置されます。

南北自由通路から改札口。もうすぐ15時ですね。ちゃんとおやつのチョコレートはカバンに入っています。

北口です。京王相模原線若葉台駅までは歩いて10分程です。駅前には企業のビルが集まっています。川崎市が開発する「かわさきマイコンシティ」という工業団地があるのです。しかし地図で見る限り、北側から大回りするか黒川駅の南側を回って行かなければならない鶴川街道沿いに商業施設が散らばっている程度です。並んでいる企業に勤める人たちのお昼ご飯が心配になっちゃいますね。

北口の駅の前に、2018年(平成30年)に読売日本交響楽団の新しい練習場が移転して来ました。黒川駅の列車近接メロディや構内BGMに読響のクラシック音楽が使われています。

北側を新百合ヶ丘駅方面に登ってゆきます。駅舎の特徴的なテント張りの屋根が見えます。栗平駅とは左右逆方向に付いています。

新百合ヶ丘駅側の跨線橋道路から駅を写しました。ホーム上屋の屋根に太陽光発電パネルが設置されているはずなのですが視認できません。

跨線橋から新百合ヶ丘駅方面を見ます。切り通しののり面が写真的には面白いです。

こちらは南口。駅前は空き地が広がっていました。小田急電鉄によれば、多摩線では乗降客数が最も少ない駅です。一番近いコンビニも徒歩10分。

個人的には、南側の広々とした風景も好きですが、住むにはいささか不便かもしれませんね。

【駅ぶら01】小田急線80 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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