二十歳の坂本龍馬【駅ぶら03】京浜急行11

2020.04.12

鮫洲駅を出ると左にカーブします。じきにストレートになって、もう次の駅が見えています。鮫洲駅から0.8kmで立会川駅。相対式ホーム2面2線の高架駅です。

上りホームで浦賀駅方向を見ています。

同じく上りホームで品川駅方面。

駅名標。1904年(明治37年)京浜電気鉄道時代に開業。1989(平成元年)~1991年(平成3年)高架化、駅ホームも高架化されました。それに合わせて駅舎も新しくなりました。

2階に降りて改札口。コンコースが広いですね。

改札口の正面にエレベーターがあります。「坂本龍馬ゆかりの地 立会川」とは初めての情報です。何故、立会川に坂本龍馬?

高架下、浦賀駅側に駅出入口がありました。

駅前通りがあって「立会川龍馬通り繁栄会」の垂れ幕が下がっている左の方に行ってみます。

すぐに坂本龍馬像がありました。北浜川児童遊園という小さな公園の出入口です。トップ画像は単純にこの写真のアップです。

二十歳の龍馬像。説明板には4隻の黒船が描かれています。黒船が来た時、坂本龍馬が土佐藩品川下屋敷近くの浜川砲台の警護にあたっていたのだそうです。

こんな説明も掲出されていました。読み難いかな。内容は以下です。

龍馬が世界と出会ったまち品川

ペリーが初めて来航した嘉永6年(1853)、19歳の坂本龍馬は藩からの許可を得て江戸で剣術修行中でした。

土佐藩は立会川河口付近にあった下屋敷(今の品川区東大井)警備のため、江戸詰めの武士を動員し、龍馬もその中に加わりました。

同年9月には「異国船処々来り候へば、軍(いくさ)も近き内と存じ奉り候、其節は異国の首を打ち取り・・」と、父親に手紙を書いています。

品川での黒船警護から、龍馬の幕末は出発したのです。

垂れ幕で見難いのですが京急線の高架と駅出入口からほど近い場所です。

筆者は幕末動乱、尊皇攘夷、新撰組などに特別な興味を持っていないので「ふ~ん」というレベルの反応ですが、坂本龍馬の好きな方にはちょっとお出かけする価値があるのでは?

【駅ぶら03】京浜急行12 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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