朝夕しか運転されません【50代からの鉄道趣味】

2020.12.01

※2015年12月撮影

トップ画像は、山陽本線支線和田岬駅。駅舎は2009年(平成21年)解体撤去されています。駅入口にある駅名標のアップ。

兵庫駅発7時57分の和田岬行で8時1分に和田岬駅到着。和田岬支線は朝夕しか運行されないので激混み通勤電車に乗ってきました。大勢の通勤客の皆さんがホームを歩いています。当方は、趣味で駅に来ているので何だか申し訳ない気分です。103系電車は既に尾灯が点いてすぐに折返し運転です。

※2015年12月撮影

ホームの終端部側、4車線道路の向こうに大きな三菱重工業神戸造船所があります。

※2015年12月撮影

折返し運転で103系電車がいなくなったホームから、駅名標入れ込み、下車した方々の最後尾。

※2015年12月撮影

和田岬支線の始まりは、山陽鉄道が現在の山陽本線を敷設するための資材を船で兵庫港に運び、それを鉄道で運ぶために1888年(明治21年)に敷設した2.7kmの路線でした。

和田岬駅は、山陽鉄道の鉄道資材運搬が終了した1890年(明治23年)山陽鉄道の貨物駅、和田岬町駅として開業しました。1895年(明治28年)和田岬駅に改称。1905年(明治38年)には、駅前の三菱重工業神戸造船所が創業。1911年(明治44年)旅客営業開始。1912年(明治45年)鐘淵紡績兵庫工場への通勤用に鐘紡前駅が開業。1945年(昭和20年)の空襲で鐘紡工場はほとんど焼失。駅も休止され、1962年(昭和37年)廃止されました。

和田岬駅は、1945年(昭和20年)駅舎移転。1980年(昭和55年)貨物営業廃止。1990年(平成2年)客車から気動車に置換。2001年(平成13年)兵庫駅~和田岬駅間電化。

三菱重工業神戸造船所は、従業員約4500人。敷地面積は甲子園球場の約30倍。周囲には関連する会社がたくさんあります。和田岬駅の乗降客は1日約1万人なのです。

※2015年12月撮影

和田岬駅の北側、道路の地下に神戸市営地下鉄の駅があります。

※2015年12月撮影

改札口も何もない和田岬駅。兵庫駅ホームに和田岬支線専用の自動改札機が設置されているのです。

※2015年12月撮影

和田岬駅時刻表。ウィークデイは朝夕に列車が集中します。でも休日は朝夕2本!乗って来たら、折返し運転に乗らなければ夕方まで帰れません。まぁ、市営地下鉄がありますけど。

※2015年12月撮影

左は縦型駅名標、右は103系電車。

※2015年12月撮影

※オリジナル写真が縦なので加工してあります

では、兵庫駅まで戻ります。往きは凄い混雑で写真撮影どころでは無かったのですが、復路はほとんど乗客がいません。ワンマン化されていないので車掌さんも乗務していました。運転士さんと女性コンビ。雑談で「朝は7往復する」と言ってました。

※2015年12月撮影

※オリジナル写真が縦なので加工してあります

正面に見える国道2号線と阪神高速3号線の高架橋までほぼ真っ直ぐ進みます。

※2015年12月撮影

小さな橋が見えます。日本の鉄道用としては極めて珍しい和田旋回橋、今は固定されていますが、かつては兵庫運河を船舶が通る際に旋回して船を通していたのです。この橋の手前に廃止された鐘紡前駅がありました。

※2015年12月撮影

ちょっと不思議な線形です。むしろこの場所に鐘紡前駅があったのかと思いました。

※2015年12月撮影

長くなるので次回に続けます。

※筆者は既にコラムなどで青春18きっぷ鉄道旅の写真を度々使用しています。重複していますが、御容赦ください。

※価格、駅などは2015年当時のものです。

(写真・文/住田至朗)


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