自動運転とローカル5Gの試験に使うJR東日本のE7系新幹線(イメージ) 北陸新幹線に続き上越新幹線には2018年度から投入されています。 写真:tarousite / PIXTA

最近の鉄道業界は他業界の先進技術を積極的に取り入れる動きが目立ちます。代表例がICT(情報通信技術)やIoT(モノのインターネット)の通信技術で、「無線式列車制御システム」の実証実験などが進んでいます。JR東日本は2021年秋に上越新幹線で、自営通信サービス「ローカル5G」を活用したスマートトレインの実証実験に取り組みます。今回は鉄道を頭に置きながら、話題の「5G」を取り上げてみました。

モデルケースを探していたところ、鉄道からは離れますが、通信系建設会社のミライトから「5G×IoTゴルフソリューション展示会」の案内が届いたので2020年11月27日、埼玉県越生町のゴルフクラブに出向きました。前半は5G入門とゴルフ場での展示会を紹介、後半で鉄道業界への導入を考えます。

2時間の映画を3秒でダウンロード

5Gの正式名称は「第5世代移動通信システム」で、国際電気通信連合が定める第5世代の通信規格です。世上では「2時間の映画を3秒でダウンロード」と通信速度の速さばかりが取り上げられがちですが、注目したいのは「ローカル5G」という日本独自の規格。今回はゴルフ場でしたが、イベント会場や工場、鉄道なら列車内とか駅構内といった限られた空間に5Gの通信環境を整えて、業務効率化や利用客のサービス向上につなげるのがローカル5Gです。

ADVERTISEMENT

ミライトは今回、10件を超す新規技術をお披露目したのですが、鉄道業界への応用という視点で ①IoTグリーン管理 ②5G映像制作 ③スイング診断――の3件を取り上げます。

カメラで芝生の状態をモニタリング 芝刈りは自動運転で

私はゴルフをやらないので全く知りませんでしたが、ゴルフ場で最も大変なのは芝生(グリーン)の管理だそうです。芝が伸びすぎるとプレーに影響しますし、地方のゴルフ場だと動物に荒らされることも。毎日、ゴルファーが帰ると係員が徒歩で全コースをチェック。必要な場合は翌日のオープン前に補修します。徒歩によるチェックをカメラ、人手による補修を自動運転機械(芝刈り機など)に置き換えるのが「IoTグリーン管理」です。

解像度の高い4Kカメラを使い、コース状態をチェック。5G通信で芝刈り機の自動運転精度を高めます。ミライトの資料には「カメラ映像がしきい値(漢字では閾値)を超えたら警告」とありました。安全と危険の境界線を予め設定しておき、超えた場合は補修が必要と判断します。

鉄道業界では余り使わないようですが、日々の仕業検査が安全の基盤となっているのはゴルフ場も鉄道事業者も同じ。ある鉄道事業者は、車両基地に入線する車両番号を読み取ってどんな検査が必要か個別管理しているそうですが、5Gによる車両や施設管理は鉄道の世界でも十分に応用できそうです。

クラウド上で番組編集と中継・5G映像制作

5G映像制作デモンストレーション。今回はパソコンや通信機器を直接つないだため装置は大掛かりでしたが、実用化時にはコンパクトにまとめる構想です。

2020年プロ野球の日本シリーズはあっという間に終わってしまいましたが、鉄道チャンネル読者にはスポーツ中継がお好きな方もいらっしゃるでしょう。中継映像の編集には現地に中継車を出してあっちのカメラ、こっちのカメラと切り替えたり、スロービデオを挟んだりして番組制作します。中継車をなくして、コンピューターネットワークのクラウド上で編集するのが「5G映像制作」です。

ローカル5Gを可能にするNTTドコモの移動基地局。現場での話では通信範囲は500m程度で、広範囲の場合は中継基地が必要になります。

例えば、球場に5台の中継カメラが出ていれば、5台全部の画像を5Gで飛ばし、スタジオで編集する。将来的にはロボットカメラやドローンカメラの利用も考えられます。4Kカメラの高品質画像で、中継の迫力も増します。テレビで人気の鉄道・旅番組、現在は一部を除きほぼすべて録画ですが、クラウド編集が進化すれば、実況放送の時代がやってくるかしれません。

スイング診断でスコアアップ

デモンストレーションでは女子プロがナイスショットを披露しました。

再び野球の話になりますが、元巨人軍の桑田真澄さんは東京大学硬式野球部の指導に当たった際、投球フォームのビデオを見せながら全身を使った投球と腕に頼った投球の違いを説明したそうです。フォームの欠点を映像解析するのが「スイング診断」。ミライトの資料では、「非接触の3Dセンシング技術を使い、スポーツのフォームを可視化する」と説明します。

仕組みは比較的簡単で、有名プロ選手やゴルフ教本のフォームをあらかじめデータ化して記憶。診断するプレーヤーのスイングをカメラで撮影して1mm単位で計測し、お手本との違いを割り出して100点満点で評価します。私が感心したのは採点方法で、カラオケと同じ方式ならプロはともかくアマチュアにもゲーム感覚で楽しく利用してもらえそうですね。インターネットゲームでは既にありますが、5Gで遠隔地をつなぐスイング対決もありかもです。

鉄道業界への応用は運転シミュレーターでしょう。ゲームのほか、最近は鉄道事業者も社員・職員の教育にシミュレーターを活用します。運転には人それぞれのクセがあるそうで、診断を上手に活用すれば運転技術の向上につながります。

最初に紹介すべきでしたが、こうした5Gやドローン技術はミライト単独でなく、NTTドコモやNEC(日本電気通信システム)、ソニー(ソニービジネスソリューション)といったパートナー企業との共同開発です。NTT出身の中山俊樹ミライト社長は、鉄道事業者をはじめとする異業種との協業にも意欲を示していました。

鉄道業界でも注目集める5G、2021年秋に上越新幹線で実証実験

鉄道と5Gでは、JR東日本が2020年7~9月に開催した「高輪ゲートウェイフェスト」にNTTドコモが参加、5Gが普及する未来社会をデモンストレーションしました。

鉄道業界と5Gの話に移ります。5Gは通信技術なので、電気や化石燃料を動力源に走る鉄道システムの根本を変えるものでない点は最初に確認しましょう。この辺は鉄道事業者も十分に理解しているところで、「○○のために5G技術を導入する」の○○の部分は明確化されていないようです。

JR東日本は2020年11月10日の深澤祐二社長の定例会見で、上越新幹線での自動運転試験と自営通信サービス「ローカル5G」を活用したスマートトレイン構想を発表しました。

実施予定時期は2021年10~11月ごろ、区間は新潟―新潟新幹線車両センター間で、車両はE7系回送列車(12両編成)を使用します。新幹線自動運転では必要な技術を見極めます。ローカル5Gについては同区間の沿線に基地局を設置、走行中の回送列車との間で通信性能を確認します。

5Gのスマートフォンや携帯電話が普及する近未来には、走行中の列車内から確実に通信できる環境が求められます。高速で動く列車に必要なのは、駅間は移動体通信事業者の公衆通信ネットワークに接続、駅付近では自営ネットワークに切り替えるといった、通信網の円滑なバトンタッチです。

JR東日本と鉄道総合技術研究所、情報通信研究機構(NICT)の3者は2020年4月、「公衆網から自営網へのスムーズな切り替えを可能とする基盤技術の実証実験に成功」と発表しています。5Gが普及すれば、「走行中の列車内からテレビ会議に参加」が可能になるかもしれません。

さらに5Gは、改札口のタッチレスゲート化にも有効です。個人認証機能を備えたスマホをカバンに入れたままでも改札を通れる。実現は案外近いかもしれません。

5Gで都市圏すべての列車を自動運転

JR東日本は2018年末から2019年初めにかけ、山手線でドライバーレス運転の実証実験を実施。車両はE235系電車を使用しました。 写真:鉄道チャンネル編集部

技術面では、5Gは列車の自動運転に活用できそうです。真偽のほどは分かりませんが、5Gのような高度通信技術とAI(人工知能)やIoTを組み合わせると、都市圏すべての列車の自動運転が可能になるともいわれます。

いずれにしてもJR東日本が1年も前から発表した点には、新幹線自動運転とローカル5Gに取り組む本気度が示されているといえそうです。

文/写真:上里夏生