大手私鉄の直営路線に生まれ変わった「南海泉北線」に乗り鉄 南海の名車もご案内します(大阪府堺市、和泉市)【コラム】

ルーツは明治初期の1885年に大阪~堺を結んだ阪堺鉄道。現在は電気鉄道を名乗るものの、初期の車両にはSLがずらり。これが関西私鉄の雄、南海電気鉄道です。
2025年末には開業140周年を迎える南海に今春4月、新しい路線が仲間入りしました。中百舌鳥(高野線、大阪府堺市)~和泉中央(同和泉市)間14.3キロの泉北線です。
泉北高速鉄道は、年度替わりにあわせて南海と経営統合。路線名も従来の泉北高速線から現在の名称に変わり、新しい歴史を刻み始めました。本コラムは南海泉北線の乗車ルポとともに、スビンオフで「南海名車3選」をお届けします。
1971年に開業、1995年に全通

大阪のニュータウンは北が千里、南が泉北。鉄道は千里ニュータウンが北大阪急行と阪急千里線、泉北ニュータウンが南海泉北線です。泉北ニュータウンは大阪府の泉北丘陵開発事業として構想され、まちびらきは1967年、開発面積約1557ヘクタール。計画人口約18万人で、現人口約11万人です。
泉北高速鉄道の旧社名は大阪府都市開発。大阪府が出資する第三セクターで1965年設立。当初は、東大阪トラックターミナル(東大阪市)の運営を行っていました。
鉄道進出は1971年4月開業の泉北高速線中百舌鳥~泉ヶ丘から。栂・美木多(とが・みきた)、光明池と路線を伸ばし、開業24年後の1995年に和泉中央まで全通しました。駅の所在地は中百舌鳥~光明池5駅が堺市、光明池は堺市と和泉市の境界上で、終点の和泉中央が和泉市です。
南海泉北線には地元中心に、南方面への延伸構想もあるようですが、今のところ具体化の動きはありません。
有料特急「泉北ライナー」
南海泉北線は全線複線。泉北高速時代の車両は開業時の100系に始まり3000系、5000系、7000系、7020系、最新の9300系まで6形式です。100系は2000年までに引退、3000系も一部代替わりが進みます。
【参考】泉北高速鉄道の新型通勤車両「9300系」報道公開 デビューは8月上旬(※2023年6月掲載)
https://tetsudo-ch.com/12893609.html
列車種別は特急「泉北ライナー」、区間急行、準急、緩行(各停)の4種類。泉北線は起点の中百舌鳥を含めて全部で6駅なので、多くの列車は路線内各駅に停車します(泉北ライナーは中百舌鳥と深井、区間急行は中百舌鳥をそれぞれ通過します)。
2015年に登場した泉北ライナー、有料特急で難波~和泉中央を最短29分で結びます。平日運行時間帯は朝ラッシュ時と夕方16時以降。都市鉄道で広く定着する、通勤ライナーの性格を持つ列車といえそうです。
「クイシニとその電動車」(電7系)
後半の同乗ルポの前に、スピンオフで南海の名車3選。

最初は1924年登場の電7系。大阪~和歌山間の急行電車で、ベテランファンには「クイシニとその電動車」として語り継がれます。クイシニは電車の記号で、ク=制御車(運転席)、イ=特等車(一等車)、シ=食堂車、ニ=荷物車(手小荷物室)の合造車。「浪速号」、「住吉号」など編成ごとに愛称名が付けられました。
木製で4両編成。戦前の電車で珍しいのは編成が幌(ホロ)でつながり、車両間を行き来できたこと。「関西鉄道界に南海あり」を印象付けました。
デラックス・ズームカー「こうや号」

続いて20001系(20000系)。1961年にお目見えした高野線特急車、デラックス・ズームカー「こうや号」として親しまれました。
4両編成で、大きな曲面ガラスの前頭部はヨーロッパの特急列車を思わせます。
難波~橋本の平坦線、橋本~極楽寺の山岳線の双方で高性能を発揮。山岳特急のシンボルは3灯のヘッドライトでしょうか。1984年まで活躍、後継の30000系「こうや号(現・こうや)」の名を譲って引退しました。
ラピート、キタへ向かう!?

現在の名車は、もちろん空港特急「ラピート」(50000系)。運行開始は1994年、〝30年選手〟です。通常は難波~関西空港ですが、臨時特急として和歌山市(駅)に顔を出すことも。現在は終了しましたが。2022~2023年に泉北ライナーとして難波~和泉中央を結びました。
今後の注目点が、2031年春開業を目指して建設が進む地下新線・なにわ筋線。新線に乗り入れるラピートは、現在のミナミ(難波)からキタ(うめきた=大阪駅)への進出が構想されます。
南海の車両では最近、いずれも元高野線の6000系(2両1編成)が静岡県の大井川鐵道、同じく2200系(南海では22000系。2両2編成)が千葉県の銚子電気鉄道に譲渡され、全国区で注目度が高まります。6000系は1962年、2200系は1969年にデビュー。南海の車両は文字通り〝丈夫で長持ち〟です。
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