【木造駅舎カタログ】山陽本線016/25 糸崎駅
※2020年8月撮影
トップ画像は、山陽本線糸崎駅。流石に重要な拠点駅だった歴史の風格を感じます。
糸崎駅は山陽本線を青春18きっぷで上り下りしていると、ほぼ乗り継ぎをする駅です。数え切れないくらいホームには降り立っていますが、荷物を持って跨線橋を登り降りする根性はないので駅舎側に行ったことはありませんでした。
駅舎正面に出て困ったのは「オリジナル木造駅舎の範囲」です。トップ画像は、駅の北側を通る国道185号線の辺りから駅舎右側の二階建てを入れて撮っています。2枚目は左側の駅舎上屋の端に有るトイレまで入れたカット。
※2020年8月撮影
駅舎内の待合室などの構造から、たぶん、おそらく、正面の切妻屋根の部分がオリジナル木造駅舎だと思います。
※2020年8月撮影
糸崎駅は、1892年(明治25年)山陽鉄道の三原駅として開業しています。当時は終着駅で三原の町に最も近かったのでした。1894年(明治27年)広島駅まで延伸開業したことで三原中心街に近い場所に新たに三原駅が作られたことで糸崎駅に改称されます。
1906年(明治39年)国有化され、1909年(明治42年)には線路名称制定で山陽本線の駅になりました。
開業時から1970年代まで糸崎機関区が置かれ多くの蒸気機関車が所属。給炭用ホッパや転車台、扇型車庫などの大型設備がありました。しかし気動車化や山陽本線、呉線の電化等で機関区は1972年(昭和47年)には廃止されます。1986年(昭和61年)までは貨物の取扱がありました。
オリジナル木造駅舎(本屋)部分のアップです。
※2020年8月撮影
駅の東側には機関区があった時代の名残りでしょうか、旧国鉄時代からの建物が残っています。
※2020年8月撮影
東側、トイレが駅上屋の下にもぐり込んでいます。トイレが先に建てられた様です。
※2020年8月撮影
トイレの向こう側は構内跨線橋。
※2020年8月撮影
上屋部分と本屋が分かるカット。手前はオートバイ置き場になっています。
※2020年8月撮影
本屋部分。こちらは駐輪場。
※2020年8月撮影
駅出入口。上の駅名標、奇妙な書体です。出入口の上は通常の書体。建物財産標などは見当たりませんでした。駅舎は1922年(大正11年)の改築。
※2020年8月撮影
※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。
(写真・文章/住田至朗)