歩けば5分ほどです【私鉄に乗ろう 78】

2019.02.12

【私鉄に乗ろう 78】岡山電気軌道清輝橋線その2

柳川停留場分岐して国道53号線を南下、400mで郵便局前停留場。1931年(昭和6年)に東田町停留場として開業、1937年(昭和12年)郵便局前停留場に改称されています。1968年(昭和43年)に廃止されるまでは柳川停留場との間に磨屋町筋という停留場がありました。

郵便局前停留場に停車していますが、次の停留場が見えています。

200mで田町停留場。1928年(昭和3年)に蓮昌寺前停留場として開業。終戦直前の1945年(昭和20年)6月の空襲で清輝橋線は全線休止。戦後すぐ1946年(昭和21年)に清輝橋線は再開されましたが、この駅は休止。1954年(昭和29年)になって中鉄バス前停留場として復活しました。田町停留場に改称されたのは1985年(昭和60年)。2016年(平成28年)停留場近くに川崎医科大学総合医療センターが開院、停留場の表記が田町(川崎医大総合医療センター前)に変更されています。

200mで新西大寺町筋停留場。1928年(昭和3年)開業。東山本線の西大寺町停留場とは3〜400m離れていますが歩けば5分ほどです。JR西日本赤穂線にも西大寺という駅がありますが、7〜8km離れているので関係ないですね。

300mで大雲寺前停留場。1928年(昭和3年)に柳川からここまでが開通。その時の終点です。当時は大雲寺町停留場でしたが、1970年(昭和45年)に現在の大雲寺前停留場に改称されています。

200mで東中央町停留場。岡山電気軌道で清輝橋線延伸以来61年ぶりの新停留場。2007年(平成19年)開業。当時は近くに岡山市立市民病院があったので停留場の表記は「東中央町(市民病院入口)」でしたが、市民病院が2015年(平成27年)にJR西日本山陽本線の北長瀬駅近くに移転したため(市民病院入口)の表記はなくなっています。

次は終点の清輝橋停留場です。

右カーブの先に停留場が見えました。

清輝橋停留場。1946年(昭和21年)の清輝橋線全通時に終点として開業。2007年(平成19年)にバリアフリー化されています。

このまま岡山駅前まで引き返します。往復乗せてもらった岡山電気軌道7900形8301の車内です。

岡山電気軌道の東山本線と清輝橋線に乗りました。水戸岡鋭治さんが企業グループのデザイン顧問を務めているだけあって、個々の車両はラッピング電車を含めて清潔感のある印象でした。吊り掛け式の懐かしい走行音を楽しむこともできて、東山本線往復30分少々、清輝橋線往復が30分弱とほぼ1時間ほどの旅でしたが、路面電車らしいノンビリした気分を味わうことができました。

(写真・記事/住田至朗)


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