※2025年10月撮影

トップ画像は、平和台大原(だいばら)神社で1基だけ青面金剛像の彫られている庚申塔。青面金剛像は足の下部が損傷しています。邪鬼も姿が分かり難いです。その横の鶏はクリアですが。

手水舎の後に庚申塔が列んでいます。神社入口階段側、右から見ていきます。

※2025年10月撮影

かなり剥落していますが辛うじて「青面金剛」と読めます。高さは76cm。右面に「文化四丁卯年正月吉日」とあります。1807年、正月にも庚申待ちするのですね。

その左は、上が斜めになっている塔ですが文字が読めません。

トップ画像の青面金剛像の塔。高さは155cmもあります。右面に「宝暦四甲戌年十二月吉日」と彫られています。1754年です。

台座には「小金領西平井邑」とあります。入口階段の脇にあった「流山100か所めぐり」に、この神社が「江戸時代初期創建の旧西平井村の氏神」と書かれていました。歩いていると新しいモダンな住宅ばかりという印象ですが、400年以上人々が住んできた場所なのですね。

1754年は、マリー・アントワネットの夫君、フランス絶対王政最後の王ルイ16世が生まれた年です。夫妻は、1793年(寛政5年)フランス革命のさなかギロチンの露と消えました。ルイ16世は38歳、マリー・アントワネットは、37歳でした。日本は、まだまだ鎖国、平和な眠りを貪っていました。

その左「青面金剛」と文字が彫られた庚申塔。高さは114cm。上部の「日」「月」種子「ウーン」がとても良い状態です。右側面に「安永五丙申歳」と刻まれているので1776年です。台座の3猿も綺麗な状態。

写真の右から2つ目。「庚申塔」と刻まれた塔は、高さ136cm。上部の「月」「ウーン」「日」がとてもクリアな状態。下部の3猿も凝った意匠です。右側面に「天保五甲午年十月」、1834年と刻まれています。

※2025年10月撮影

その左は、67cmと小さめ。「青面金剛」の文字も剥落で少し読み辛い状態。上部には種子の「ウーン」だけあります。右側面「文化十四丁丑十一月吉日」なので1817年。

一番左奥、高さは151cm。「庚申塔」の文字が何故か下に寄っています。上部に「日」「月」と「種子」があればちょうど良い按配です。彫る予定がキャンセルになったのでしょうか?

二段目の3猿の部分が大きくて大胆な意匠なのはとても珍しいです。少なくとも流山市内で見た庚申塔では、この1基だけです。右面に「安政四丁巳年」とあるので1857年。

参道の脇に石塔がありました。逆光で刻まれた文字は読めません。

※2025年10月撮影

改めて曇天に再撮に来ました。左は「××亀宮」、右は「×十二神」と読めます。

※2025年10月撮影

こちらも左は辛うじて下部の「宮」、右は「山神宮」と読めます。実態は、謎です。

※2025年10月撮影

社殿にお詣り、神様にご挨拶します。

※2025年10月撮影

「流山100か所めぐり」に拠れば御祭神は、大原大権現です。

※2025年10月撮影

拝殿奥の御本殿。

※2025年10月撮影

御本殿覆屋は瓦葺きです。

※2025年10月撮影

参道から入口の階段に向かいます。

※2025年10月撮影

階段の脇に「成田山月参」と刻まれた不動明王の像と「富士嶽浅間大神」の石碑。

※2025年10月撮影

神社の入口は坂の途中、下っていきます。このまま歩くと流鉄平和台駅が最も近くて15分ほどです。

※2025年10月撮影

大原神社を振り返っています。

※2025年10月撮影

この後、大宮神社に行きましたが、既にその時の写真は紹介しました。

次回は、流山おおたかの森駅です。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などはつくばエクスプレス(首都圏新都市鉄道株式会社)の許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

首都圏新都市鉄道株式会社 会社要覧2024

るるぶ情報板関東31 つくばエクスプレス JTBパブリシング 2025年5月1日

つくばエクスプレス沿線アルバム 生田誠 山田亮 アルファベータブックス 2023年8月5日

つくばスタイル No.12 枻出版 2011年4月10日

つくばエクスプレス 最強のまちづくり 塚本一也 創英社 2014年10月23日 他

流山市の庚申塔については 流山市立博物館調査研究報告書『流山庚申塔探訪』流山市教育委員会発行を参照しています