※2025年10月撮影

トップ画像は、流山セントラルパーク駅から800メートルほどの日蓮宗感応山本覚寺。

このお寺の「鬼子母神立像」と「十羅刹女立像」は流山市有形文化財に指定されています。

流山市教育委員会による「鬼子母神立像および十羅刹女立像」の解説がありました。

※2025年10月撮影

内容を写します。

「鬼子母神は仏教説話に説かれる女神で、多くの子を産んだが他人の子を殺して食べるので、仏陀がこれをいましめ仏教に帰依するようになり、守護神となった。古くから出産育児の神としてまつられたが、特に日蓮宗では十羅刹女とともに法華経の行者を擁護するとして崇拝されている。

像は高さ20~30センチメートルで、彩色(後補)が美しい。台座裏の墨書銘から、文明12年(1480)に修理されたことがわかり、それ以前の造立であると考えられる。また小金本土寺のものであったが、本覚寺に移されたと思われる。

流山市教育委員会 」

すみません。イキナリ、何で本覚寺なのか?分からないと思います。

この日、流山セントラルパーク駅から思井熊野神社~平和台大原神社~平和台大宮神社~流山セントラルパーク駅の行程をGoogleMapで見ておきます。

※©GoogleMap

右上の流山セントラルパーク駅から右下の思井熊野神社に行きました。そこから上にある赤い丸の下側、平和台大原神社に向かっています。黄色いラインが歩いた道です。グリーンの丸が、日蓮宗感応山本覚寺です。

このエリア、平な様でそこそこ起伏があります。

※2025年10月撮影

バス停を発見、「歩く距離を短く出来るか?」と期待しましたが・・・。1日に2本しか運行されていません。

※2025年10月撮影

平和台7号公園。思井熊野神社から歩いていますが、歩行者を見ません・・・。

※2025年10月撮影

あの大きな木が神社です。

※2025年10月撮影

思井熊野神社から、1500メートルくらい歩いて平和台大原(だいばら)神社です。石段を上がります。

※2025年10月撮影

少し印字がかすれていますが「流山100か所めぐり」があります。

※2025年10月撮影

気合いで読みました。内容は以下です。

「大原神社だいばらじんじゃ

江戸時代初期創建の旧西平井村の氏神。祭神は大原権現。明治42年(1909)七郎神社を合祀。境内には、青面金剛像(しょうめんこんごうぞう)が刻まれた庚申塔(こうしんとう)などの石造物や保存樹の杉などがある。」

狛犬の向こうに神明鳥居。参道が真っ直ぐ延びて社殿。このカットもあえて曇天に撮り直しています。

※2025年10月撮影

左の狛犬の横に背の高い庚申塔が列んでいます。

※2025年10月撮影

一番左。高さ149cm。庚申塔の塔が字が旧字ともちょっと違う字の様です。上部に「月」「日」はありますが、種子はありません。左面に「慶応元年」とありますから1865年。流山市で見てきた庚申塔では最も新しいものです。明治維新(1868)まであと3年。

2つ目、高さ154cm。右側面に「文政九丙戌年」1826年。ここの庚申塔群、3猿の意匠がどれも凝っています。

3基めも「庚申塔」の文字。高さ144cm。右面の「天保十三壬寅年」は、1842年。

4つ目。高さ145cm。右側面に「弘化四丁未年」1847年。発明家トーマス・エジソンが生まれた年。

狛犬の脇に小さな塔が二つ。

※2025年10月撮影

左は剥落で文字が「××神宮」しか読めません。小さな庚申塔には青面金剛の文字。高さは70cm。右側面に「文化丙寅年」は、1806年。

右側の手水舎の奥にも庚申塔が列んでいます。

※2025年10月撮影

次回は、こちらの庚申塔を見ます。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などはつくばエクスプレス(首都圏新都市鉄道株式会社)の許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

首都圏新都市鉄道株式会社 会社要覧2024

るるぶ情報板関東31 つくばエクスプレス JTBパブリシング 2025年5月1日

つくばエクスプレス沿線アルバム 生田誠 山田亮 アルファベータブックス 2023年8月5日

つくばスタイル No.12 枻出版 2011年4月10日

つくばエクスプレス 最強のまちづくり 塚本一也 創英社 2014年10月23日 他

流山市の庚申塔については 流山市立博物館調査研究報告書『流山庚申塔探訪』流山市教育委員会発行を参照しています