※2025年11月撮影

トップ画像は、前回の続きで青田香取神社の正面を再掲載。

境内の庚申塔を見てゆきます。まず左端。

※2025年11月撮影

上部に月と日。青面金剛の文字の右「安永七戌天 青田新田」と刻まれています。1778年です。

青面金剛像の庚申塔もあります。

※2025年11月撮影

左端、三角の自然石に青面金剛の文字。右に刻まれた文化九壬申年は、1812年。

中央の青面金剛像は高さが127cm。紀年銘は享保十七子年、1732年。

右端の青面金剛像はとても良い状態です。上部には日・月と種子はバン(金剛界大日)。紀年銘は、宝暦十辰十一月吉日、1760年です。

さらに文字の庚申塔もありました。

※2025年11月撮影

左端は庚申塔の文字だけというシンプルさ。右の面に天保三壬辰年とあり、1832年。

中央も庚申塔の文字、上部に日と月が刻まれています。右面の紀年銘は天保五午年、1834年。高さは85cm。

右端も庚申塔の文字、その右に嘉永元戊申年、1848年です。

境内の庚申塔。

※2025年11月撮影

左は高さ106cm。上部の日と月、種子はバン(金剛界大日)の下に「奉供養庚申待講中二世安楽祈所」と刻まれています。右に宝永四丁亥年とあるので1707年の古い庚申塔です。

右はさらに古い元禄十一年(1698年)の庚申塔。上部の日・月・種子ウーンの下に「奉造立青面金剛像庚申講結衆 等二世 安楽所」、長いので三行になっています。下部の三猿はちょっと傷んでいる様に見えました。

趣のある手水。

※2025年11月撮影

御祭神の経津主命(ふつぬしのみこと)にご挨拶します。

※2025年11月撮影

3社めは 流山市平方166の香取神社。

※2025年11月撮影

ここの「流山100か所めぐり」も文字がかすれています。

※2025年11月撮影

内容は「創建は不詳。江戸時代の石造物がある平方の神社。祭神は経津主命(ふつぬしのみこと)。境内には、大杉神社のほか、板碑型の庚申塔などの石造物やシイ、ケヤキなどの保存樹木がある。」

二の鳥居の右脇に石塔が列んでいます。

※2025年11月撮影

また陽が当たってコントラストが激しくて見難いです。

※2025年11月撮影

左から見てゆきます。

※2025年11月撮影

左端、庚申塔の文字のみ。右面の紀年銘は「文政十丁亥年四月吉日」、1827年です。

その右には猿田彦大神の文字の庚申塔。右面に「文化十二乙亥十一月吉日」とありました。1815年。

その右、魅力的な青面金剛像の庚申塔。享保五年(1720年)ですから300年以上経っています。でも彫像の状態はとても良いです。

右端の青面金剛像、こちらも享保十七年(1732年)の庚申塔ですが彫像は素晴らしい状態です。

さらに4基。

※2025年11月撮影

左端の板碑状のものは、流山市内で二番目に古い庚申塔。寛文六年(1666年)、実に359年前です。「二世安楽」の祈願銘があります。

まだ三猿はありません。流山市内の庚申塔に三猿が現れるのは、7年後の1673年(延宝元年)が最初です。

その右、上部の月と日、種子ウーン、庚申塔の文字がクリアです。下部に三猿。右面の紀年銘は「享和三癸亥十一月吉日」、1803年。

その右。庚申塔という文字のバランスが少しヘンです。右面に「天保十四卯年」とあるので1843年です。

右端の青面金剛像の庚申塔。この彫像も良い状態でした。元禄九年(1696年)の古いものです。

御祭神の経津主命(ふつぬしのみこと)にご挨拶しましたが、3社続けて香取神社なので、ちょっとヘンな感じです。

※2025年11月撮影

次回は、江戸川土手の稲荷神社を訪ねます。これがなかなか強烈な風景なんです。(笑)

(写真・文/住田至朗)

【駅ぶら】一駅ずつ降りて駅の周りを一周してみます | 旅とおでかけ 鉄道チャンネル  https://tetsudo-ch.com/column/ekibura 

※参照資料
首都圏新都市鉄道株式会社 会社要覧2024
るるぶ情報板関東31 つくばエクスプレス JTBパブリシング 2025年5月1日
つくばエクスプレス沿線アルバム 生田誠 山田亮 アルファベータブックス 2023年8月5日
つくばスタイル No.12 枻出版 2011年4月10日
つくばエクスプレス 最強のまちづくり 塚本一也 創英社 2014年10月23日 他

流山市の庚申塔については 流山市立博物館調査研究報告書『流山庚申塔探訪』流山市教育委員会発行を参照しています

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