※2025年10月撮影
トップ画像は、流山市駒木の諏訪神社。

流山おおたかの森駅の【駅ぶら】ですが、最初に流山セントラルパーク駅で拝観した思井熊野神社、平和台大宮神社の撮影およびコラム掲載の許可をいただきに行った諏訪神社から紹介します。とにかくビックリする程境内の広い(1万坪!)歴史のある神社です。

つくばエクスプレス、流山おおたかの森駅で東武野田線(アーバンパークライン)に乗り換えて1つ目の豊四季駅に降りました。改札口を出た駅前の眺めです。

※2025年10月撮影

豊四季駅。初めて下りた駅です。チャーミングな木造駅舎。

※2025年10月撮影

東武アーバンパークラインは、船橋駅~新鎌ケ谷駅間しか乗ったことがありません。

かつて、浅草から鬼怒川線の新藤原駅、会津鬼怒川線(野岩鉄道)、会津鉄道などを乗り継いで会津若松まで行ったコトがあります。しかし東武東上線もほとんど未乗なので、【駅ぶら】で完乗したいですね。

豊四季駅周辺は、開いてる飲食店が見つけられず困りました。ラーメン屋とカレー屋の営業は17時からでした。

※2025年10月撮影

上の写真、偶然右にフィルム現像・焼付の看板が写っていました。

余談ですが、1970年代以降「お正月を写そう」などTVコマーシャルが質・量ともに凄まじかったコトを思い出します。半世紀前の話で恐縮ですが。

しかし、21世紀を迎え、デジカメ、何よりもスマホ(カメラ付)の圧倒的なシェア拡大によって、フィルム産業は劇的に衰退。サクラカラー(現・コニカミノルタ)が2006年にフィルム製造から撤退、フジフイルムのフィルム部門の売上も全社の5%以下になってしまいました。

今やカメラ自体を持つ人も少数派です。2008年をピークにデジカメも生産が減り続けています。多くの人がスマホの写真でOKなのです。

豊四季駅から諏訪神社は、歩いて5分ちょっとでした。流山おおたかの森駅からは歩くと1km強ある様です。

※2025年10月撮影

最初は、一の鳥居の奥が真っ暗で「ど~なってるんだろう」とビビりました。

※2025年10月撮影

一の鳥居の手前に馬の銅像がありました。

※2025年10月撮影

「神馬について」という説明板がありました。内容は以下です。

「今から約千年前、平安後期の武将源義家(八幡太郎ともいわれ陸奥守鎮守府将軍)は、奥州の豪族が反乱を起こした際に朝廷の命を受けて、追討のため下向の途次、当神社に参詣して、戦勝を祈願し、その戦役が鎮定しての帰途、再び当神社に詣でて、乗馬及び馬具を奉納して神恩に報謝した。その古い記録に基づいてこの度、先年社殿を葺替えた際の古銅を以てこの神馬を鋳造した。 宮司誌」

では一の鳥居をくぐります。昭和56年(1981年)に建立されました。近づくと別に暗闇ではありません。(笑

※2025年10月撮影

参道の脇に灯籠が列んでいます。大正3年(1914年)に奉納された二の鳥居は、新たに一の鳥居が建立され二の鳥居になりました。元は神明鳥居でしたが一の鳥居と同じ八幡型に改修されました。

※2025年10月撮影

隨神門。平成17年建立。諏訪神社のサイトに拠れば「隨神は古来、左大臣と右大臣が対をなし隨神門の左右に正面を向いて座しており外部からの破邪を防ぐ姿勢をとり、背後(社殿側)は壁でふさがれています。当社では、隨神が参道を前に向き合う形になっており、左右それぞれ三方を開け放し雨風を凌ぐためにガラスを入れ、隨神は、あたかも参詣者を迎え送るが如くに配置しました。この隨神門は当社独自のもので、他に類を見ない建築様式であります。」

※2025年10月撮影

三の鳥居。文政11年(1828年)建立。

※2025年10月撮影

神門。昭和39年(1964年)建立。第52代宮司の奉納。

※2025年10月撮影

手水舎で手と口を浄めます

長くなったので、次回手と口を浄めて御祭神に参拝します。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などはつくばエクスプレス(首都圏新都市鉄道株式会社)の許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

首都圏新都市鉄道株式会社 会社要覧2024

るるぶ情報板関東31 つくばエクスプレス JTBパブリシング 2025年5月1日

つくばエクスプレス沿線アルバム 生田誠 山田亮 アルファベータブックス 2023年8月5日

つくばスタイル No.12 枻出版 2011年4月10日

つくばエクスプレス 最強のまちづくり 塚本一也 創英社 2014年10月23日 他

流山市の庚申塔については 流山市立博物館調査研究報告書『流山庚申塔探訪』流山市教育委員会発行を参照しています

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