※2025年11月撮影
トップ画像は、大畔(おおぐろ)天満宮。大畔という地名、筆者は初めて見ました。

神社境内西側に大畔自治会館があります。

※2025年11月撮影

日影で見難いのですが自治会館の前に庚申塔があります。

※2025年11月撮影

自治会館の前、庚申塔と御堂が並んでいます。

※2025年11月撮影

庚申塔のアップ。

※2025年11月撮影

左から見てゆきます。

高さ108cm、享保九年(1724年)300年以上前の庚申塔。青面金剛はかなり綺麗に形が保たれています。これは一見の価値が有ります。

その右は更に古く宝永五年(1708年)。上部が割れています、塔高108cm。

その右、103cmは、天明九年(1789年)。邪鬼の下、三猿が刻まれているか否か判然としません。

一番右は 上部にウーン(種子)と青面金剛の文字が彫られています。寛政十一年(1799年)。左側面に十月吉日大畔村講中と刻まれています。

4基とも18世紀の庚申塔でした。

庚申塔が主目的ですが、もちろんお邪魔した天神様にもご挨拶します。

※2025年11月撮影

右手前の「流山100か所めぐり」には「㊷天神社」となっています。記載は「江戸時代創建の大畔の神社。祭神は菅原道真公。梅の図の絵馬は、市指定文化財。境内には庚申塔、灯籠などの石造物やシイ、ケヤキなどの保存樹木がある。」

神社前の社碑は「天満宮」でしたが・・・・。

鳥居の左には流山市教育委員会による案内があります。以下は内容です。

「「梅の図」絵馬 流山市指定有形民俗文化財第五号

天神社は、学問の神様とされる菅原道真を祀り、道真が親しんだ梅がシンボルとなっています。

梅の古木を描いた大畔天神社の絵馬は、文化十五年(1818)1月25日に、福富宗直が願主となり、門弟(弟子)40名が名を連ね、学問の成就を祈願して奉納されたものです。

門弟は、三輪野山・下花輪・桐ヶ谷・上新宿・北小屋など近隣の村々にもいたことがわかりますが、師匠とみられる福富氏についてはよくわかっていません。

絵馬としては市内で最も古い年代が記されており、縦81cm、横152cmと大きく、描かれた梅の図も見事です。また江戸時代の教育を知る上で貴重な資料といえます。

流山市教育委員会」

天神様にご挨拶します。

※2025年11月撮影

拝殿に三猿、これは珍しいと思いました。※2025年11月撮影

天神社を後にして南に歩いてゆきます。

※2025年11月撮影

長閑です。畑の向こうに「流山警察署」が見えました。

※2025年11月撮影

実は、この先に「庚申坂」があります。庚申塔があるのかもしれません。

※2025年11月撮影

ここが庚申坂。道の狭さに驚きますが、後日レンタカーで流山市内を走り回って、この広さの道が「過去のスタンダード」だと分かりました。マジで狭いのです。軽自動車を借りれば良かった・・・。

※2025年11月撮影

坂を下ってきて、振り返っています。残念ながら庚申塔は、見当たりませんでした。

※2025年11月撮影

新しく作られた道に出て西に大きな鳥居が見えました。

※2025年11月撮影

次回は、三輪茂侶神社の庚申塔を見ます。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などはつくばエクスプレス(首都圏新都市鉄道株式会社)の許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

首都圏新都市鉄道株式会社 会社要覧2024

るるぶ情報板関東31 つくばエクスプレス JTBパブリシング 2025年5月1日

つくばエクスプレス沿線アルバム 生田誠 山田亮 アルファベータブックス 2023年8月5日

つくばスタイル No.12 枻出版 2011年4月10日

つくばエクスプレス 最強のまちづくり 塚本一也 創英社 2014年10月23日 他

流山市の庚申塔については 流山市立博物館調査研究報告書『流山庚申塔探訪』流山市教育委員会発行を参照しています

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