つくばエクスプレス【駅ぶら】074 流山おおたかの森駅 その14 香取神社が市内に7社

※2025年11月撮影
トップ画像は、北小屋の香取神社。巨大な御神木が神社正面に鎮座しています。
流山市観光協会の「流山さんぽ」に拠れば、市内に香取神社は、「平方」「青田」「木」「北小屋」「名都借」「前ヶ崎」「向小金」(神社のある場所の地名)と7社もあります。筆者が来たのは、北小屋です。
「流山100か所めぐり㉜香取神社」があります。
※2025年11月撮影
内容は「江戸時代に桐明神(きりみょうじん)を香取神社と改めた神社。中世、桐ヶ谷郷の総鎮守。祭神は経津主命(ふつぬしのみこと)。源頼朝の使者が戦勝祈願したという(桐明神伝説)。境内には、随神門(ずいじんもん)や神木などがある。」・・・と言うコトは鎌倉時代初期に神社はあったということですね。
北小屋香取神社へのアプローチ。御神木が見えました。
※2025年11月撮影
参道入口の脇に庚申塔が列んでいます。右側に3基。
※2025年11月撮影
左から見てゆきます。上部に日と月。庚申の文字が刻まれた塔の高さは156cm。右面の紀年銘は、嘉永元年、1848年でした。左面に、北総葛飾郡小金領 北村 小屋村と刻まれています。
中央の青面金剛の文字の上には種子ウーン。三猿の彫られているコトが多い部分は、不思議な模様?が刻まれています。右面に天明二年、1782年です。
右端は、高さが125cm、青面金剛の文字の上部に日・月と種子ウーン。三猿の上に「人十三中講」と刻まれています。講中30人です。紀年銘は、文政九年、1826年。
左側には、4基。
※2025年11月撮影
左から、163cmの高い塔には猿田彦大神と刻まれています。流山市で、初めて猿田彦大神の庚申塔を見ました。
『流山庚申塔探訪』に拠れば、猿田彦大神は、天孫降臨の先導をしたと言われる神様、道祖神や塞神の性格も持っています。江戸時代初期に垂加神道が猿田彦大神を庚申の本尊としました。申と猿は同じことから猿田彦大神が庚申の神になったと思われます。
その右にも猿田彦大神の文字が刻まれています。高さは、155cm。右面に天保五年(1834年)の紀年銘。
その右、上部の日・月、種子ウーンの下に青面金剛の文字。紀年銘は文化十三年、1816年です。三猿の両脇に 講中 三十人と刻まれています。
右端は、上部の日・月、種子ウーンの下に「奉千庚申拝礼諸願成就所」とたくさんの文字が刻まれています。紀年銘は文化九年(1812年)。
御神木の向こうに一の鳥居。
※2025年11月撮影
さらに随神門。お寺で言えば仁王門に当たります。外部から邪なものの侵入を防ぐ門です。
※2025年11月撮影
参道を進んで御祭神の経津主命(ふつぬしのみこと)にご挨拶します。
※2025年11月撮影
端正な社殿。
※2025年11月撮影
社殿の脇に「明神脇第一の杉跡」という三角の石。
※2025年11月撮影
江戸時代の桐明神だった頃に、杉の大きな木があったのでしょう。
北小屋の香取神社から東に2.5kmほど、青田64-1の香取神社に来ました。
※2025年11月撮影
「流山100か所めぐり」がありましたが、ちょっと読み難いです。
※2025年11月撮影
内容です。
「創建は不詳。江戸時代の石造物がある旧青田新田の産土神(うぶすながみ)。祭神は経津主命(ふつぬしのみこと)。昭和44年(1969)再建。境内には手児奈塔(てこなとう)、庚申塔などの石造物がある。」
境内には石塔が列んでいます。
※2025年11月撮影
長くなるので、次回に続きます。
(写真・文/住田至朗)
※参照資料
首都圏新都市鉄道株式会社 会社要覧2024
るるぶ情報板関東31 つくばエクスプレス JTBパブリシング 2025年5月1日
つくばエクスプレス沿線アルバム 生田誠 山田亮 アルファベータブックス 2023年8月5日
つくばスタイル No.12 枻出版 2011年4月10日
つくばエクスプレス 最強のまちづくり 塚本一也 創英社 2014年10月23日 他
流山市の庚申塔については 流山市立博物館調査研究報告書『流山庚申塔探訪』流山市教育委員会発行を参照しています
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