※2016年4月23日撮影、千頭駅で電気機関車の付け替え作業

大井川をわたると駅が見えてきました。

※2018年4月2日撮影

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1.2kmで川根温泉笹間渡駅。

※2018年4月2日撮影

駅名標。2003年(平成15年)まで笹間渡駅でした。

※2018年4月2日撮影

無人駅ですが駅舎があります。

※2018年4月2日撮影

線路脇の奇妙な構造物、これは後述します。

※2018年4月2日撮影

2.9kmで地名駅。

※2018年4月2日撮影

島式ホーム1面2線です。駅の向こうに奇妙なトンネルがあります。

※2018年4月2日撮影

実はこの全長11mトンネルは「川根電力索道用保安隧道」というものです。索道、つまり荷物用のロープウェイがあったのです。1926年(昭和元年)に滝沢(藤枝)〜地名間が開通、大きな川と山々で物資の運搬が困難だった地域で、地名方面には生活物資(米、衣類、雑貨、セメント、食料品)が運ばれ、地名からは生産物(茶、椎茸、木材)が搬出されていました。1938年(昭和13年)に大井川鐵道が全線開通してその役割を終えています。その索道を運ばれる物資の落下から線路を守るための「保安隧道」です。ホームにはこんな説明がありました。

※2016年4月23日撮影

駅から観るとこんな感じです。地名駅手前の「線路脇の奇妙な構造物」も実は同じ「川根電力索道用保安隧道」。天井部分が切り崩され側面だけが残っていたのです。

※2018年4月2日撮影

駅名標。ふつうに「ちめい」と読んでしまいそうになりますが「じな」は駅の所在地名です。

※2018年4月2日撮影

2016年4月23日に撮影した駅舎。

※2016年4月23日撮影

地名駅を出ると、大井川に塩郷ダム(正確には塩郷堰堤)が見えてきます。

※2018年4月2日撮影

1961年(昭和36年)に塩郷ダムが作られたことで大井川の下流に流れる水量が激減して農業用水という面から流域の住民との争議になりました。往時は平均水深76cmだった大井川が塩郷ダムから下流20km区間が無水状態になってしまったのです。河水の途絶は、鮎やウグイといった豊富な水産資源にも壊滅的な打撃を与えました。1989年に中部電力は、通年毎秒3トン、農繁期(4〜9月)には毎秒5トンの放流を受入ました。大井川に28年ぶりに川の流れが回復したのでした。

※2016年4月23日撮影

この一件が河川行政にも影響を与えた結果、1997年(平成9年)には河川法が改定され「河川環境の維持」が重要な目的に挙げられ、河川維持放流が事実上義務化されました。大井川鐵道は大井川に沿って進みますが、数多くのダムを見ることになります。井川線に至っては、元々がダム建設のために敷設された専用鉄道だったのです。

では次回【私鉄に乗ろう 52】大井川鐵道大井川本線 その6 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)