喘ぎ喘ぎ緩慢に進みます【非電化路線に乗ろう03】男鹿線 その1

2019.11.28

※【非電化路線に乗ろう】の写真は、筆者がプライベートで旅した際にポケットのコンパクトデジカメ(SONY DSC-WX800)で撮ったものです。鉄道会社さんから許可をいただいたワケではないので、乗車券などがあれば誰でも入れる場所から手持ちで撮影したスナップ写真です。特に記載の無い写真は2019年4月3日の撮影です。

非電化路線3本目は男鹿線です。筆者は中学校を卒業した1971年(昭和46年)春休み、当時の国鉄が発行していた「東北周遊券」を利用して男鹿半島を訪れています。

周遊券は急行列車に乗ることができたので、東京から盛岡まで急行で行って田沢湖線に乗り換えて小岩井駅で降りました。親から旅の許可条件がユースホステル宿泊でした。小岩井駅からユースホステルまでの雪解けで泥濘んだ道を歩いた光景も記憶に残っています。

その後、どうやって男鹿半島に移動したのか残念ながら50年近く経っているので思い出せません。何よりもカメラを自宅に忘れてしまって写真が残っていないのが致命的です。「写るんデス」なんて売っていない時代でした。スマホもないし。

男鹿ユースホステル(現在は休止)の夜は凄い吹雪だったことを思い出します。往きは路線バスでユースホステルまで行って、帰りは男鹿駅までヒッチハイクで戻りました。乗せてくれたダンプカー(ダンプカーに初めて乗りました!)のお兄さんのヒゲをぼんやり覚えています。

秋田駅では夜行の急行列車を待つ時間が長かったので、駅前の映画館で”M★A★S★H”を観て大笑いしました。秋田からの夜行列車、客車でドアが開いたこと、最後尾のドアを開けて夜の後方展望を飽きず眺めたことは記憶していますが、肝心の牽引機関車がSLだったか否かを覚えていません。しかし、秋田〜羽前千歳間の電化は、1975年(昭和50年)なので、客車に乗ったということは、SLかディーゼル機関車が牽引したはずです。煙かった記憶がないことから、おそらくDD51が引っ張っていたのでしょう。

閑話休題。

その後、男鹿線には何度か乗っています。今回は、2017年(平成29年)から運転されているJR東日本の蓄電池電車EV-E801系を撮りに行きました。実は撮影した4月3日は、大湊線で野辺地〜青森〜弘前と乗り継いで追分駅に着いたのが13:39。

EV-E801系「ACCUM」で運行される列車は追分駅を12:27発、これには間に合いません。次は15:49と2時間以上開いてしまうので13:55発の男鹿行に乗ります。

追分駅正面。2018年(平成30年)に駅舎の内外装がリニューアルされています。リニューアル前の写真を撮っておけばよかった・・・。

男鹿線は起点が追分駅、男鹿駅までの26.4kmに起終点合わせて9駅。全線単線で非電化です。ただし追分駅は奥羽本線の所属駅。男鹿線は基本的に秋田駅〜男鹿駅間で運転されています。

駅名標。1902年(明治35年)開業。

右の単式ホームに駅舎があります。手前は駅の跨線橋で島式ホームと連絡しています。奥の跨線橋は自由通路。

男鹿線ホーム1番線に13:55発の男鹿行が到着。キハ40 547、500番台は寒地仕様ですがJR東日本になってからの改造でデッキが撤去されています。塗装は男鹿線色。

前面展望はこのレベルで撮れます。前面ガラスが少々汚くて黄色っぽいです。

追分駅を出発。

奥羽本線には架線、男鹿線に架線はありません。奥羽本線追分〜羽後飯塚間は単線区間です。

男鹿線は男鹿半島に向けて西(左)にカーブして奥羽本線と離れていきます。

緩い勾配(5.6‰)を登ってゆきますが、キハ40は巨体を轟音で震わせながら喘ぎ喘ぎ緩慢に進みます。

7‰、キハ40はディーゼル・エンジンの轟音をたてながら40km/hにも達しない速度。

大好きなキハ40、流石に非力過ぎますね〜。(笑)

【非電化路線に乗ろう03】男鹿線 その2 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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