彼女が始発電車に乗る理由とは?『早朝始発の殺風景』――鉄道ミステリを読む【004】

2019.05.12

鉄道チャンネルの偉い人に「『鉄道ミステリを読む』だけどさあ、もっと若い子向けのコンテンツにしない? マンガとか」と言われ、「ミラクルトレイン全話視聴……」「『青春鉄道』一気読み……」とか思いついてしまったバッシーですが、「鉄道ミステリを読む」と題したコラムの中で鉄道擬人化アニメや鉄道路線擬人化マンガの感想を垂れ流し始めたらその状況がミステリーだよな、と思ったのでそういうのは番外編で取り上げることにして、今回は比較的対象読者が若そうな作品を読むことにしました。そういうわけで「鉄道ミステリを読む」第四回は青崎有吾『早朝始発の殺風景』、柔らかなタッチの連作短編推理小説集です。

表題作の初出は「小説すばる」2016年1月号。他の収録作も全て「小説すばる」に掲載されたものですね。「メロンソーダ・ファクトリー」が2016年10月号、「夢の国には観覧車がない」が2017年5月号、「捨て猫と兄妹喧嘩」は2018年5月号。「三月四日、午後二時半の密室」は2018年8月号にそれぞれ掲載されており、最後のエピローグのみ書き下ろしとなっています。

鉄道と関係があるのは最初の「早朝始発の殺風景」のみ。他は高校生の日常に寄り添った青春ミステリ系の本格短編となっています。今回は電車に関係がないので取り上げませんが、他の短編集も全てハッとさせられる出来栄えです。

さて、「早朝始発の殺風景」の話に戻りましょう。

映画研究部の加藤木はある事情から《横槍線》の始発電車に乗車するのですが、誰もいないだろうと考えていた電車の中には同じクラスの殺風景が乗っていました。後ろめたい事情を抱えた加藤木は終点の「啄木町駅」に到着するまで、あまり接点のない殺風景と早朝始発に乗る理由を探り合っている内に、彼女の目的に気付いてしまいます。

一読した印象は「小劇場で上演される会話劇」でした。舞台の設定は早朝始発の電車という、お互い以外に乗客がいない開かれた密室です。停車駅についても乗客の乗り降りはなく、二人の会話を邪魔してくれる者はいない。「三月四日、午後二時半の密室」のフレーズを借りれば「気まずい密室」です。

“予想に反して一人だけ乗客がいた。
 女の子だった。右側に分けた黒いロングヘア。バッグを傍らに置き、スマホもいじらず本も読まず、膝に手を載せてじっと座っている。服装は僕と同じ高校の地味なブレザー。彼女も僕に気づいて、目が合った。
 クラスメイトだった。
 普段あまり話さないほうの。
「…………」
 退路を断つように、背後でドアが閉じきった。
 僕は困惑していた。電車の中で微妙な知り合いに出会ってしまったときほど気まずい瞬間はない。しかも始発の車内で二人きりとか。無視するか? でも目、合っちゃったし。”

この辺りの気まずさの表現は青春ミステリの旗手らしい書きぶりですよね。この後も二人の会話は戸惑いと手探りの中を這いずるように進んでいく。気まずい。分かる。でも、単に青春を巧みに切り取って提示しましたというだけではなく、さり気ないやり取りや会話の中にしっかりと伏線が張られているのが「平成のクイーン」と称されるゆえんでしょうか。殺風景が「早朝始発に乗る理由」が明らかになる終盤へ向けて、作品全体に毛細血管のように張り巡らされた伏線が巻き取られていく様は鮮やかです。

なによりラスト一行の殺風景のセリフで暗い情念を感じさせる手腕がまた良い。私はダンセイニの『二壜の調味料』を思い出したのですが、しかし奇妙な味ともまた趣が違う。フィニッシング・ストロークと評していいかどうかは難しいところですが(何分この辺の術語の定義が結構難しい)、このわずかな紙幅でしっかりと殺風景をキャラ立てさせたからこその説得力のある結末になっているものと思います。

ちなみに舞台となる《横槍線》は架空の私鉄。もちろんその路線を走る始発電車もあくまで舞台装置であって、実際にこのような電車が走っているわけではありません。

作中からは「舞台は千葉」「5:35発、下りの始発」「くすんだ水色の八両編成」「郊外の私鉄なのでそれほど繁盛していない」「鴨浜駅、鶉谷駅、啄木町駅(終点)。鴨浜には美術館があり啄木町にはニュータウンと自然公園、作中の二人が通う高校がある」といった情報が読み取れます。「夢の国には観覧車がない」に登場する千葉県立幕張海浜公園に併設された架空の遊園地「ソレイユランド」(名前からは横須賀の「ソレイユの丘」を連想しますが、あちらに観覧車が出来たのは2017年10月なので多分無関係でしょう)の観覧車に乗ると、前方に船橋・後方に区画整理された鴨浜が見える、という舞台設定で、啄木町にはニュータウンがある。

完全に架空の私鉄だろうか、それともモデルが設定されていたりするのだろうか? とちょっと考えてはみたのですが、何分千葉とほとんどご縁がないのでお手上げです。解釈を外していなければ、鴨浜が船橋の近くであれば東葉高速鉄道が近いように思えます。千葉ニュータウンに停車する北総鉄道にもラインカラーが水色の8両編成の車両はある。車体の色からモデルを探せば銚子電鉄の3000形とか、総武流山電鉄の流馬が近い気もしますが、もちろん8両編成ではありません。

まあ千葉の私鉄に詳しい人にお尋ねすると案外「これ!」というモデルが見つかるのかもしれませんし、JR京葉線も水色の電車が走っていたような……とかちょいちょい思い当たる節はあるのですが、やはり存在しない架空の私鉄、共同幻想としての早朝始発の風景として設定されていると捉えた方がミステリの舞台としては綺麗かもしれませんね。

TAGS 書籍・雑誌


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