節婦駅・日高本線の駅03【50代から始めた鉄道趣味】その55

2019.08.05

大狩部駅から2.0kmで節婦駅。以下駅間は全て日高本線の営業キロです。人家がたくさん見えます。大狩部駅との差異が極端ですよね。

JR北海道だけのルールなのか駅の正面に向かって駅名標が設置されています。と言っても全ての駅がこのルールに沿っているということではありません。正面に階段、瀟洒な待合室があって、単式ホームが奥にあります。階段横は自転車置き場。鉄道の運行が無いので自転車はありませんね。

ここで日高本線の歴史を簡単に書いておきます。

1909年(明治42年)王子製紙苫小牧工場のパルプ原料の木材輸送のために三井物産が苫小牧駅〜鵡川駅間に専用の馬車鉄道を敷いたのが始まり。直に蒸気機関車による鉄道に切り替わります。

1913年(大正2年)に王子製紙が関連会社苫小牧軽便鉄道を設立し三井物産から既設鉄道を譲受します。苫小牧駅〜佐瑠太駅(現・富川駅)間の軽便鉄道が開業。

1923年(大正12年)王子製紙の資金協力で日高拓殖鉄道が設立され1926年(昭和元年)までに佐瑠太駅(現・富川駅)〜静内駅が開業。

1927年(昭和2年)に苫小牧軽便鉄道と日高拓殖鉄道が国有化され、改軌(762mm→1067mm)、国有鉄道日高線になります。1937年(昭和12年)までに様似まで延伸した路線です。1943年(昭和18年)日高本線に改称されました。

1957年(昭和32年)まで貨客混合列車が運行されていました。貨客分離で旅客列車はディーゼルカーでの運行になって、それまで苫小牧駅〜様似駅間に要していた時間6時間40分が4時間程に短縮されました。

当初計画では様似駅から襟裳岬を回って広尾線に繋がり帯広までレールが繋がる予定でしたが、広尾線が1987年(昭和62年)に廃止されてしまい計画はなくなりました。

広尾線の幸福駅跡・愛国駅跡が人気観光地になっています。未成線部分はJRバスが、様似〜広尾間で運行されています。

※様似〜広尾間のJRバス 2014年3月様似で撮影

節婦駅に戻ります。ホームで苫小牧方面を見ています。元は島式ホーム1面2線で列車交換が可能でした。レールは錆びていますが除草されています。

比較的長いホーム。石が置いてあります。ぼ〜っとしてると躓きそうだなぁ。

石にはおざなりに「せっぷ」と描かれていました。ホームに元からあったのか?謎の石です。

苫小牧側にも駅名標があります。奥は様似方面になります。

様似方に寄ってみました。こっち側の駅名標には電燈がありません。

駅名標。1927年(昭和2年)日高拓殖鉄道時代に開業しています。翌1928年(昭和3年)には国有化され日高線の駅になりました。1977年(昭和52年)までは貨物取扱があって有人駅。

待合室には運賃表。時計は午前10時を指しています。時刻はほぼ合っています。この待合室なら冬の寒風を少しはしのげそうですね。

節婦駅前。花壇と外灯があります。他に灯りはありません。夜はちょっと淋しいですね。

では、次の新冠駅に向かいます。

(写真・記事/住田至朗)

TAGS JR北海道


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