林間都市計画がありました【駅ぶら01】小田急江ノ島線17

2019.11.17

あらためて天気の良い10月30日(水)に朝から出発しました。今回は最初から藤沢駅に行って「1日全線フリー乗車券」を購入して鶴間駅まで行きました。

鶴間駅を出ると真っ直ぐです。あれっ、次の駅が見えていますね。井の頭線みたいです。

鶴間駅からわずかに600mで南林間駅です。

相対式ホーム2面2線に跨線橋といういつものパターンですね。下り列車が来ています。

先頭車両を降りて後方(片瀬江ノ島駅方面)を見ています。

駅のフェンスから店舗が見えました。居酒屋やきとり津軽、なかなか良さげですねぇ。横の美容院は不思議な店名ですね。Jalak putyという単語は何語? フランス語のpetit(プチ)のコトかな。

駅名標。1929年(昭和4年)江ノ島線開通時に南林間都市駅として開業しています。1941年(昭和16年)現在の南林間駅に改称されました。

学生時代に知人が中央林間駅に住んでいました。この林間という駅名、その前後に東と南があることを含めて「林の間?」不思議な地名だと思っていました。

そもそもは1927年(昭和2年)に小田急が発足した時代、東急の田園調布や阪急の宅地開発に触発されて計画された「林間都市」計画が元になっていたのです。

小田急は、相模大野から南林間までの土地を買収して江ノ島線に南・中央・東の林間都市駅を設けることで計画を進めました。計画エリアに広大な林があったコトから「林間都市」とされた様です。残念ながら当時の感覚では都心から遠すぎたことや太平洋戦争の勃発などで計画は頓挫。1941年(昭和16年)には3つの駅名から「都市」が取り除かれたのです。

戦後の高度成長の宅地需要増大などで小田急沿線の宅地開発は順調に進みました。1984年(昭和59年)には東急田園都市線が中央林間駅まで延伸したこともあって急速に林間地域はベッドタウン化したのです。

橋上駅舎の改札口。ここはセブンイレブンが開店していました。

改札口を外から。西と東、どっちからいきましょうかね。

東西自由通路には、箱根そばがありました。【駅ぶら】の昼食は箱根そばと決めていますが、まだお昼にはいささか早すぎます。

まず、西口に出ました。通路の下に出入口があります。

通路の先にも階段があって出入口です。橋上駅舎と東側の駅ビル(赤い壁の小田急マルシェ南林間)が見えています。

東西自由通路に戻って東口に出ました。神奈中バスが停まっています。

商店街というか駅前通りです。西口よりもこちらの方がお店がいっぱいある印象。

道路が広いのと真っ直ぐなのが農道ではないことを感じさせます。計画された都市なのです。

林間シリーズがあと2駅続きます。【駅ぶら01】小田急江ノ島線18 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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