相鉄線の中心駅です【駅ぶら02】相模鉄道14

2020.02.10

トップ画像は二俣川駅の西側、いずみ野線から各駅停車横浜行が来たところです。上からいずみ野線が降りてきて、相鉄本線は分かれて両側から西に向かいます。前にも書きましたが、相鉄線は運転室に社員さんが添乗されていることが多いのです。この各駅停車にも運転士さん以外に、二人の方が添乗しています。何かの試験なのかもしれません。全く勝手な言い分で申し訳ないのですが、この様な場合は前面展望が撮れないので筆者はちょっと困ってしまいます。運転士さんだけの次の各駅停車を待ちます。

鶴ヶ峰駅を出て、住宅の中を進みます。右側に上り線からの引き込み線があります。

引き込み線の海老名駅側に、使われていない渡り線。撤去されていないのは復活する予定があるのでしょうか。

踏切がダブル。この辺りに神中鉄道によって1933年(昭和8年)に設置され、終戦前に休止となり、1960年(昭和35年)に廃止された二俣下川駅がありました。手前の引き込み線と渡り線(跡)はこの駅の関係でしょうか。左(南東)手前に高梨乳業の大きな横浜工場があります。

沿線は住宅が続きます。

跨線橋があって、本線の間に引き上げ線があります。頭上には保土ケ谷バイパスの跨線橋。駅が見えました。

鶴ヶ峰駅から2.0kmで二俣川駅です。橋上駅舎と言うよりも巨大な駅ビルの下に駅があります。

島式ホーム2面4線。上りホームにはJR東日本相互直通運転で相鉄本線を走るE233系車両が停まっています。最初は珍しさもあってやたらに写真を撮っていましたが、二日間相鉄線に乗っていると、かなり頻繁に眼にするので次第に慣れてしまいました。So,it goes.(そんなモンですわ)

ここからは、海老名駅まで行って、戻りに各駅を撮影したカット。上りホームにいます。海老名駅方面を見ています。

上りホームの横浜駅側。

ホームを横浜駅側に歩いて、アップで撮りました。中央にシーサス・クロッシングと引き上げ線があります。頭上を横切っている保土ケ谷バイパスの跨線橋が見えています。

駅名標。1926年(昭和元年)神中鉄道が当駅から厚木駅間で開業した際に設けられた駅です。当初は相模鉄道(現・JR相模線)寒川駅から川砂利を運搬していました。1944年(昭和19年)電化されましたが二俣川駅をはさんで横浜駅側と海老名駅側の架線電圧が異なっていたため直通運転ができませんでした。1946年(昭和21年)には全線1,500Vで統一されました。1964年(昭和39年)橋上駅舎化されました。1976年(昭和51年)いずみ野線が当駅~いずみ野駅開業、乗り換え駅になりました。1989年(平成元年)島式ホーム2面3線を2面4線に改良、横浜駅側に引き上げ線を新設しました。構内を流れていた二俣川が暗渠化。1999年(平成11年)駅舎改良工事が完了。さらに2018年(平成30年)駅舎リニューアル工事が実施されています。

では、二俣川駅から街に出ますが、正直言って、駅舎と複合的な駅ビルが複雑で、2回行きましたが、未だに駅の構造がヨク分かっていません。

2日目の撮影は、横浜駅の出発時間は9時、平沼橋駅から駅を撮りながら西谷駅まで来て、羽沢横浜国大駅まで行きましたが、駅そばがあるのは二俣川駅までなかったので、ここでお昼にしました。この後、二俣川駅の相州そばでの昼食をアップします。

【駅ぶら02】相模鉄道15 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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