京急田浦駅を出ます。「11」番トンネル、この辺りから横須賀中央駅辺りまでは「トンネルだらけ」になります。言い換えればデコボコした山と谷をぬって京急本線は進みます。「12」番トンネル、「13」番トンネル、「14」番トンネル。安針塚駅のホームが見えました。

京急田浦駅から安針塚駅までの駅間は、京急本線で最も長い2.6km。杉田駅~京急富岡駅が2.4kmと僅差で続いていますが、駅間が2kmを越えるのは、上大岡駅~屏風浦駅の2.2kmと合わせてこの三箇所だけです。京急田浦駅から、トンネルが4つもあった事で分かる様に、あまり平らではないエリアを通って来たのです。安針塚駅のホームもカーブしています。ホームの浦賀側は「15」番トンネルに接しています。

ここからは【駅ぶら】写真。上りホームからトンネル「15」番の方を見ています。

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ホームの端がトンネルと接しています。

こちらは品川側、駅周囲が山がちであることが分かります。

駅名標。安針塚駅は京急の全72駅の中で最も利用者の少ない駅です。(神奈川県県勢要覧の数値)

安針塚駅は「軍需部前駅」として1934年(昭和9年)に開業しました。戦時体制下の1940年(昭和15年)軍施設の所在を秘匿する目的で安針塚駅に改称されています。駅近くに三浦按針(ウィリアム・アダムス)の供養塔が有ることにちなんだものですが、京急さんのホームページによれば、何故「按針」が「安針」に換わっているのかは不明なのだそうです。

この軍需部というのは横須賀の海軍工廠(こうしょう)が規模の大きな横須賀海軍軍需部を設けたものです。田ノ浦海岸を海軍が買い上げ住民を立ち退かせて作られました。横須賀市のホームページから引用します。

軍需部というのは、砲弾、魚雷、機雷などの兵器類から軍艦で使う燃料、食糧、被服までいっさいの軍需物資を工場などから集めて保管し、軍艦や前線に送り出すところである。横須賀海軍軍需部の本部は田の浦に置かれ、JR田浦駅の裏にある数多くの倉庫が長浦倉庫と呼ばれていた。長浦(倉庫13棟、その他10棟)・比与宇(倉庫12棟、その他2棟)・田ノ浦(倉庫24棟、その他32棟)、郷戸・狢・日向地区、吾妻山・箱崎(重油槽16)の本部地区のほか、久里浜倉庫・池子倉庫・久木倉庫・大船倉庫などに分かれていた。正門は現在の野球場入口付近にあり、裏門はJR田浦駅裏にあった。長浦から引込み線があり、連日、貨車が出入りしていた。戦前・戦時中、軍需部前駅(現在の安針塚駅)から軍需部など海軍関係の施設へ通う人々で行列が続いたという。

文中の野球場というのは海上自衛隊横須賀警備隊の横、長浦1丁目にあるベイスターズの練習野球場「横須賀スタジアム」のことですね。安針塚駅から北に600mほどの場所です。

高架下の改札口に向かいます。

改札口の外から。

安針塚駅を下の道路から撮りました。左の階段は奥に見える京急ストアまでつながっています。

次回は安針塚に行きます。これがスゴイ坂の上なのです。

【駅ぶら03】京浜急行79 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)