上越エリアを通らない上越線、上下逆のエリア別けがある新潟

2022.02.28

信越線・両毛線と分岐する起点駅 高崎(群馬県)から、谷川岳から連なる三国山脈を越えて新潟へと結ぶ、上越線。

上越線 高崎~宮内 162.6kmが全通したのは、1931(昭和6)年。この在来線の上越線が全通してから51年が経った1982(昭和57)年、上越新幹線が開業する。

そんな上越線全通から91年が経ったいま、その路線名になぜ? と思う人もいるはず。

新潟は、上越・中越・下越と地域が別けられていて、上越線は上越地方を通らないのに、なぜ上越線と名乗るか。

まず、新潟の上越・中越・下越という別けかたは、当時の都(京都など)に近い方を「上」、遠い方を「下」と地名に追加していたことから、縦に長い新潟の北側(上方)が下越、南側(下方)が上越と別けたという。

越前(福井)・越中(富山)・越後(新潟)なども、同様の付記のひとつ。

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本題、上越線は上越エリアを通らないのに、なぜ上越線というか。

実は、通過するエリアを路線名にしたのではなく、起点と終点のエリア名の頭をとった路線名だった。

上越線は、当時の上野国・上州(群馬)と、越後(新潟)を結ぶ路線ということで、その頭の漢字をとって、上越線としたという。

冒頭の谷川岳を含む三国山脈は、上越国境ともいう。この上越国境も、上州と越後の間に立ちはだかる険しい山々の境のこと。

越後湯沢や長岡の中越エリアと、新潟の下越エリアを結ぶ上越新幹線も、昭和6年からあった上越線の在来線名にならって、現在に至っている。


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