相鉄いずみ野線の歴史と可能性を探る――延伸はどこまで?平塚発いずみ野線経由都心行き列車は実現するか【コラム】
1966年の都交審答申で路線計画が登場
いずみ野線の話に移ります。二俣川側から南万騎が原、緑園都市、弥生台、いずみ野、いずみ中央、ゆめが丘、湘南台と駅名を並べれば、路線の性格がうかがえます。語源を平安時代にさかのぼる南万騎が原を除けば、いかにもニュータウンの玄関口らしい駅名の連続です。
いずみ野線の路線計画は、現在の交通政策審議会の前身・都市交通審議会(都交審)が1966年に答申した「横浜及びその周辺における旅客輸送力の整備増強に関する基本計画について」に登場します。6号線として示されたのが、茅ヶ崎―六会―二俣川―勝田―東京方面の鉄道新線でした(六会と勝田は地名です)。
そうです。いずみ野線や相鉄・JR直通線、相鉄・東急直通線の発想は、実は半世紀以上前からあったのです。2つの直通線は、まさに「構想から半世紀余を経て、ついに実現した鉄道プロジェクト」といえるでしょう。
横浜市西部の丘陵地帯を走る
いずみ野線の延伸計画に移る前に、路線のプロフィールをおさらいします。線区の多くは横浜市旭、泉の両区内で、終点の湘南台駅は藤沢市です。沿線は横浜市西部の丘陵地帯。二俣川―いずみ野間はトンネルの連続、トンネルを出たところが駅という印象です。
いずみ野―湘南台間は高架橋を走ります。車窓には丹沢や箱根の山並みが広がります。終点の湘南台は地下駅。小田急江ノ島線湘南台駅の下に、相鉄の駅があります(ほかに横浜市営地下鉄ブルーラインも乗り入れ)。
いずみ野線は、1976年4月に二俣川―いずみ野間が部分開業。1999年3月に湘南台までの全線が開業しています。
いずみ野線が東海道新幹線に接続!?
いずみ野線の延伸計画を考えます。相鉄は平塚までの免許を取得しており、当初は湘南台から茅ヶ崎市北部を経由して平塚に向かう予定でした。路線延伸の塩漬け状態が続く中で浮上したのが、JR相模線倉見(寒川町)を経由して平塚にいたるプランです。
倉見という無人駅がクローズアップされたのは、こんな理由です。倉見駅付近には東海道新幹線が走っていて(東海道新幹線と相模線が立体交差します)、神奈川県などはここに新幹線新駅を造って神奈川県西部の交通結節点にするブランを持っています。
もちろん、現在の東海道新幹線に新駅開設の余地はありません。神奈川県鉄道輸送力増強促進会議が2000(平成12)年度に送った新幹線新駅の設置に関する要望に対し、当時のJR東海は「長期的に、中央新幹線の開業など、東海道新幹線の輸送力に余裕が生じた場合などにおいては、検討の対象になる」と回答しています。
慶応SFCの最寄り新駅
もう一つ、湘南台駅の西方に慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)があり、学生の通学手段が課題になっています。
既に10年前ですが、神奈川県、藤沢市、慶応大、相鉄の4者は、湘南台―慶応SFC間約3.3キロの交通システムのあり方を検討し、2012年に発表しました。いずみ野線延伸とLRT(次世代型路面電車)の新線建設を比較検討した結果、速達性や広域アクセスに優れる鉄道、つまりいずみ野線延伸が望ましいという結論を得ています。
これらを総合すると、都交審答申の6号線は現在、西湘方から平塚または茅ヶ崎―倉見―慶応SFC―相鉄いずみ野線―相鉄・JR直通線または相鉄・東急直通線―東京方面(渋谷、新宿)が一応のルートのようです。もっとも、事業性には課題があり、今のところ実現性が高いのは湘南台~慶応SFC間のみでしょうか。
地図上にルートを引けば、JR東海道線や湘南新宿ラインのバイパス線としての機能が浮かび上がります。実現には相当なハードルがありますが、鉄道ファンなら空想の世界で、平塚発いずみ野線経由新宿行きを走らせるのも一興かもしれません。