快走する北陸新幹線。E7系(JR東日本)やW7系(JR西日本)が敦賀以西を走るのはいつになるのでしょうか(写真:IK / PIXTA)

北陸新幹線は、金沢―敦賀間(工事延長約114.6キロ)の延伸開業が1年後の2024年春に迫りましたが、敦賀から先は今春に予定されていた本格着工が先送りされるなど、工程に遅れが生じているようです。工事認可の前提になる、環境影響評価(アセスメント)が進まないのが主な理由ですが、ここに来て一部沿線関係者の間でささやかれるようになったのが、敦賀以西のルート見直しです。

敦賀―京都間は2016年末、「小浜京都ルート」が採択されたのですが、2023年初に飛び出したのが「米原ルート」復活を推す声です。整備新幹線は、着工までの過程が議論を呼ぶことは本サイトをご覧の皆さんならよくご存じでしょうが、そもそもルートはどのように決まったのか。取材ノートを読み返しながら、経過をたどりましょう。
(本コラムは北陸新幹線のルート決定を振り返る目的で、特定ルートを推すものでないことは十分にご理解願いたいと思います)

1972年に全幹法の基本計画路線に

最初にお断りすれば、整備新幹線全体を体系化した文書や資料は存在しません。北陸新幹線を含む整備新幹線は、1970年に施行された「全国新幹線鉄道整備法(全幹法)」を根拠に整備(建設)されます。全幹法ではルートを法律で定めることなく、社会や経済情勢の変化に応じて、建設路線を変更できるようにしています。

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北陸新幹線は1960年代から〝北回り新幹線〟として構想され、1972年には全幹法に基づく基本計画路線に追加。翌年に整備計画が決定しました。区間は東京都―大阪市間で、主な経由地は長野市と富山市とされます。

現在までに、東京―金沢間(東京―高崎間は上越新幹線と共用)が開業。来春には金沢―敦賀間が延伸開業しますが、それでは敦賀以遠のルートは誰が決めたのか。民主党政権で国土交通大臣を務めた、前原誠司衆議院議員の2021年6月の国会質問に参考になりそうな情報が見付かりました。

整備新幹線のルートを決めたのは与党PT

前原議員は、北陸新幹線で小浜京都ルートが採択された経緯を質問したのですが、政府(ここでは国土交通省)は「与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム(与党PT)北陸新幹線敦賀・大阪間整備検討委員会において決定されたもので、政府として回答する立場にない」と回答しています。

新幹線ルートのような、公共性や専門性の高い重要事項を特定の政党が決定することに違和感を覚える方が、いらっしゃるかもしれません。これには理由があります。

例えば、A市とB市を結ぶ新幹線で、C市経由とD市経由の2案があったとします。両市は自分の街に新幹線を通そうとします。2つの市が引き合っていると、新幹線はいつまでも完成しません。そこで地域を代表する政治家に、ルートを決定をゆだねることにしたのです。

与党PTが最終判断、しかし本当の決定者は別に

与党PTは沿線自治体、経済団体、JR関係会社などからヒアリングします。政府(ここも国交省)は工事費、工期、時間短縮効果、採算性などを試算して与党に情報提供します。PTはヒアリングや試算結果を材料にルートを最終決定します。国交省の試算をみれば、どのルートがベストなのか大体判断できます。

少々の書き過ぎを承知でいえば、新幹線のルートを実質的に決めるのは国交省。同省の素案に、与党が「このルートでOK」とお墨付きを与えて正式決定するのです。