西新井に入線する大師前発列車。長く東武最大勢力だった8000系で運行されましたが、現在はステンレス車の10000系が主力です(筆者撮影)

東京23区内なのに全線単線で、駅は両端2駅だけ。運行するのは関東最大の路線長を誇る大手私鉄です。その線区とは「東武大師線」。西新井~大師前1.0キロの〝都会のローカル線〟が今、注目を集めています。

東武鉄道は2025年5月、2024年度決算発表にあわせた長期経営ビジョンで「ドライバレス自動運転の実現に向け新型車両の設計に着手。大師線を起点に亀戸線などに展開する(大意)」の方針を明らかにしました。

乗車時間わずか2分の大師線に新設計する新型車両を投入するのは異例といえば異例。そこには、「大師線だけでなく他線区、さらには鉄道他社に展開可能な自動運転のノウハウを獲得・蓄積し、業界全体の発展に貢献する」との東武の思いが込められます。

自動運転をめぐっては運輸総合研究所が2025年6月、「バス・タクシー・鉄道の自動運転シンポジウム」を開催(東京都内会場とオンライン併用)。鉄道業界を代表して、東武の大東明鉄道事業本部技術統括部車両部長が「CBTC(無線式列車制御システム)とATO(自動列車運転装置)を基盤技術に、2026年度に新型車両導入、2028年度以降に大師線で走行試験を予定」のスケジュールなどを公表しました。

本コラムは、シンポジウムや周辺取材で判明した東武が自動運転に挑戦する狙いとともに、大師線の乗車ルポをお届けします。

日本で唯一のGoA3自動運転

鉄道業界にとって人材不足が緊急課題という点に異論はないでしょう。解決策の一つが自動運転です。

鉄道の自動運転、国際基準ではGoA0~4の5段階(日本独自のGoA2.5を加えると6段階)に区分されることはご存じの方も多いと思います。東武が目指すのは。GoA3の添乗員付き自動運転です。

東武が目指すGoA3と日本独自のGoA2.5の違いは係員(添乗員)の乗務位置にあります(資料:国土交通省)

業界動向に詳しい東京工科大学の須田義大教授(東京大学名誉教授)によると、日本の鉄道(新交通システムなどを除く一般鉄道)で現在、レベル3の自動運転を志向する方針を公表するのは東武だけです。

その理由……、東武の先進性は当然として、もう一つ同社に大師線という自動運転のトライアルに好適な線区があった点も見逃せません。

10000系2両編成がワンマン運転

高架で大師前に入線する大師線10000系電車(筆者撮影)

東武大師線とは。運輸総研シンポでの説明によると、線路距離約935メートルで、地平(地上)区間約240メートル、高架区間約695メートル。駅は西新井(東武スカイツリーラインとの接続駅)、大師前の2駅で、両駅とも足立区。踏切はありません。

西新井は地上駅ですが、途中で高架に上がり幹線道路と立体交差します。高架駅の大師前は1面1線。線区内は電気的に1閉そく区間式、列車1本だけが運行できます。

運行本数は平日110往復、休日109往復(片道10分ヘッドが基本)で、最高時速60キロ。2003年からワンマン運転が始まり、2両編成の10000系電車が往復します。

東武は今後、新型車両を投入するとともに、西新井、大師前の両駅にホームドアを整備するなど自動運転の環境を整えます。

自動運転の基盤技術、CBTCとATOは鉄道事業者や研究機関が技術開発にしのぎを削っていて、そうした成果も活用します。

東武は大師線自動運転の前段として、2022年から日光線などの営業列車に前方障害物検知システムを搭載。車上カメラやセンサーによる前方障害物認知機能の成果を、新設計する車両に反映させます。

【参考】
東武、自動運転に必要な「前方障害物検知システム」を20400型に仮設搭載 日光線・鬼怒川線・宇都宮線で検証試験へ
https://tetsudo-ch.com/12807666.html

全国ローカル線が自動運転を待望

東武が自動運転に取り組む理由で、筆者が注目したのは「当社ならびに鉄道業界における将来の展開性」です。路線延長463.3キロで関東私鉄最長、全国でも近鉄に次ぐ2番目の東武には多くのローカル線区があります。

それら線区は踏切があったり、ホームドアが未整備など環境が異なりますが、大師線で基盤技術を見極めれば他線区に展開できる可能性が広がります。

東武以外にも、効率化が必要なローカル線は数多くあります。東武の大師線自動運転には、全国の地方ローカル線を再生させる可能性を秘めた技術として、大いに期待したいと思います。

東武の自動運転の3指針。鉄道会社の常として何より列車運行の安全・安心やシステムの信頼性向上を目指します(資料:東武鉄道)
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