専用道を走るBRTで再スタートへ 集中豪雨で2年以上運休が続くJR美祢線の復旧方針固まる(山口県)【コラム】

明治中期に開業、戦前から戦後まで石炭や石灰石輸送で日本の高度経済成長を支えた中国地方のローカル線が鉄路での使命を終え、次世代型バスで新たな歴史に踏み出そうとしています。
2023年6月末からの集中豪雨で全線運休が2年以上続く、山口県のJR美祢線の復旧方法を検討していた「JR美祢線利用促進協議会」(会長・篠田洋司美祢市長)は2025年7月、鉄道での運転再開を断念。BRT(バス高速輸送システム)を軸にした道路輸送に転換して、早期復旧を目指す方針を確認しました。
鉄道は運転再開に最短10年程度を要するのに対し、専用道を走るBRTは半分以下の3~4年で開通。再開後の運営費(ランニングコスト)も半分以下で済むメリットが、BRT選択の決め手になりました。
本コラムは沿線自治体がBRT転換を判断した背景とともに、かつて全国トップクラスの貨物輸送量を誇った美祢線の栄光の歴史をたどります。
「国として適切に対応」(斉藤国交相〈当時〉)

「(2023年)6月29日からの大雨では、JR西日本美祢線で橋りょう倒壊や土砂流入などの被害が発生。国土交通省は、事業者と連携しながら早期復旧や代替手段確保に努めていく(大意)」(斉藤鉄夫国土交通大臣〈当時〉の同年7月4日の閣議後会見から)
厚狭(山陽線。山陽小野田市)~長門市(山陰線。長門市)46.0キロの美祢線は、約8割に当たる37キロ区間で被災。四郎ケ原~南大嶺間の第6厚狭川橋りょうが流失したほか、線路への土砂流入や盛り土崩壊などが発生しました。
斉藤大臣は、同年7月18日の閣議後会見でも美祢線に言及。村岡嗣政山口県知事から要望を受けたことを明かしました。
「村岡知事と地元の方々からは、今回の災害が路線存廃の議論に結びつくことがないよう求められた。国土交通省としては、何よりJR西日本の被災状況を把握した上で、国の支援のあり方など適切に対処する(大意)」
地元は災害発生直後から、美祢線の長期運休が路線廃止につながることに警戒感を示していました。
利用促進協で自治体とJRが情報交換
地元の懸念には前段があります。美祢線は2010年7月にも大雨で被災しました。この時、山口県はJR西日本に早期復旧を要請し、最終的な全線復旧は1年2か月後の2011年9月になりました。当時の復旧費は約13億円。2023年の災害規模は、2010年をしのぎます。
2010年災害を教訓に、沿線自治体と山口県はJR美祢線利用促進協議会を創設。翌2011年にJR西日本も加わり、2023年災害でも促進協は自治体とJR西日本の情報交換の場として機能しました。
気仙沼線、大船渡線、日田彦山線に先例
美祢線復旧では、大枠で沿線自治体が被災前と同じ鉄道復活を求め、JRは慎重姿勢を示しました。JRが復旧手段として提示したのは鉄道、BRT、路線バス。それぞれ長所短所があります。
さらに鉄道では、JR単独(被災前同じく自社路線として運行)、経営の上下分離(インフラ部分を自治体に移管、JRは運行に専念)、第三セクター鉄道化(JRから経営分離して三セク化)の3案を提示しました。
JR西日本は、「利用客の少ない美祢線は大量輸送機関としての鉄道の特性発揮は難しく、JR単独運営は困難」としました。
復旧案で、一定の説得力を持ったのがBRTです。BRTで復旧した災害線区には、2011年東日本大震災のJR東日本気仙沼線(宮城県)と大船渡線(岩手、宮城県)、2017年九州北部豪雨のJR九州日田彦山線(福岡、大分県)があり、それぞれ地域交通として一定の存在感を示します。
BRTは美祢線の線路用地を再生してバス専用道に充てるため、復旧費自体は鉄道と大きく変わらないものの、ランニングコストは鉄道の半分以下に圧縮できます。BRTはバス輸送なので、路線変更や渋滞回避にも柔軟に対応できます。

現状はここまで。今後は国も交えた法定協議会で、BRT移行を正式に判断します。
全国トップの貨物取扱駅
ここからJR美祢線のミニヒストリー。1978年の国鉄旅客局・貨物局編集の業務参考誌「国鉄線」に、1977年度全国貨物取扱量駅別ベスト10が掲載されていました。
車扱い(コンテナ以外の貨物列車)トップは宇部港駅(宇部線。現在は廃駅)、2位は美祢駅。美祢~宇部港の貨物列車は全国トップランナーでした。
明治時代、大嶺炭田(美祢市)で産出されたのは良質の無煙炭です。美祢線は国の要請を受けた山陽鉄道が、1905年に厚狭~大嶺間を開業。大正年間の1924年に全通しました。採炭量は十分でなく、国営だった炭鉱は戦前のうちに民間に払い下げられました。
代わって美祢線の主力貨物になったのが、秋吉台(美祢市)で採掘される石灰石輸送。鉄道ファンに「赤ホキ(赤いホキ車)列車」の愛称で知られる石灰石専用列車は、貨物列車ファンに格好の被写体になりました。しかし、トラック輸送シフトなどで2009年までに全廃されました。
BRT転換で〝見果てぬ夢〟に終わりそうですが、全線単線の美祢線で特徴的なのが厚狭側から鴨ノ庄信号場、湯ノ峠、松ヶ瀬信号場と駅(信号場)ごとに続く行き違い設備線です。最盛期の石灰石列車は1日30往復以上。効率的なダイヤ編成に必要不可欠でした。
サイズの異なるバスが隊列走行
最後に美祢線BRT絡みでプラスワン。JR西日本中国統括本部広島支社の飯田稔督(としまさ)支社長は2025年7月24日の会見で、「将来的には、自動運転や隊列走行で刷新感あるBRTを実現したい」と意欲を示しました。
JR西日本のBRT、本サイト2023年9月の筆者コラム「JR西日本がバスの自動運転を目指す理由」で紹介させていただいた通り、異なる車種(サイズ)のバス、最大3台が連続走行する自動運転での実用化を目指します。先頭車はドライバーが乗務しますが、後続のバスは完全自動運転します。

【参考】
JR西日本がバスの自動運転を目指す理由とは? 今年11月から東広島市で実証実験【コラム】
https://tetsudo-ch.com/12911381.html
JR西日本BRTの地上側のキーワードが「専用道」。線路跡の専用道を走る美祢線BRTはその点でも、まさに次世代地域交通の扉を開くカギになりそうです。
記事:上里夏生