※2025年11月撮影

トップ画像は、天形星神社(てんぎょうせいじんじゃ)。長崎ふれあいの森の中にある極めて珍しい名称の神社です。

社名碑。場所は、流山おおたかの森駅と東武アーバンパークライン豊四季駅の中間辺りから、西南に1kmくらいです。流山おおたかの森駅から歩くと20分くらい。

※2025年11月撮影

「流山100か所めぐり㊽天形星神社」がありました。

※2025年11月撮影

記載内容は以下です。

「江戸時代初期創建の野々下と長崎の氏神様。祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)と岩見大明神。境内には、第六天、道祖神塔などの石造物やスギ、カヤなどの保存樹林がある。」野々下という地名は、後で庚申塔を見ていると出てきました。

太陽が燦々と射しているので森の中は、暗く見えます。

※2025年11月撮影

閑話休題

急に思い立ってレンタカーで神社めぐりを始めたワケではありません。参考書は、お馴染みの流山市立博物館が刊行した調査研究書『流山庚申塔探訪』(流山市教育委員会・編著)です。340以上の庚申塔が記録されているスゴい本です。

※2025年11月撮影

その巻末に、地図と庚申塔のリストがあります。例えば、今回の天形星神社は、マップの黄色い丸、右ページに庚申塔のリストがあります。これらを参照して効率的に庚申塔を探訪するリストを作成しました。

※2025年11月撮影

しかし、徒歩でめぐっていては、長い距離なので時間がかかってしまいます。

レンタカーなら徒歩2時間の距離を7~8分で移動できるのです。

・・・という理由で、晩秋の1日。流山市内の庚申塔をレンタカーで訪ねました。

天形星神社参道両側に石塔が列んでいます。

※2025年11月撮影

右側は、待道大権現、成田山参り、道祖神などです。

※2025年11月撮影

左側が庚申塔でした。

※2025年11月撮影

左から見てゆきます。

庚申塔の文字、上部に日・月と種子ウーン。右面に天保十三年と刻まれています。1842年です。下部の三猿が傷んでいます。

その右も庚申塔と文字が刻まれ上部には日・月と種子ウーン。三猿は6匹に見えます。文政二年、1819年の庚申塔。

その右青面金剛の文字。上部の日・月と種子ウーン。文化九年二月吉日と彫られています。2月?真冬の寒い夜に徹夜したのでしょうか。今と違って日本家屋は寒かったはずです。果たして愉しかったの? 1812年の話ですが。

右端、一番古い安永六年(1777年)の庚申塔。上部に月と日は刻まれていますが、種子はありません。高さは111cmとやや小ぶり。

奥に離れて、青面金剛像が彫られた庚申塔。高さが172cmもあります。正徳五年(1715年)ですから300年以上経っています。でも彫られた像の状態は、とても良いです。三猿の表現が文字庚申塔の一番右と酷似していますね。

※2025年11月撮影

手水舎。コロナ禍以降、神社では水の出ない手水が急に増えました。

※2025年11月撮影

参道の脇に大きな灯籠。深い森が清浄な気で境内を満たします。この日訪ねた神社は、森の中が多く、清浄な植物の気に満ちていました。これには、マジで癒されますよ。

※2025年11月撮影

須佐之男命にご挨拶しました。

※2025年11月撮影

境内社は、江戸時代末期の旗本が祀られていました。

※2025年11月撮影

帰り際、一の鳥居と手前の石塔群。

※2025年11月撮影

次回は、路傍の庚申塔を訪ねます。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などはつくばエクスプレス(首都圏新都市鉄道株式会社)の許可をいただいて撮影しています。
※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料
首都圏新都市鉄道株式会社 会社要覧2024
るるぶ情報板関東31 つくばエクスプレス JTBパブリシング 2025年5月1日
つくばエクスプレス沿線アルバム 生田誠 山田亮 アルファベータブックス 2023年8月5日
つくばスタイル No.12 枻出版 2011年4月10日
つくばエクスプレス 最強のまちづくり 塚本一也 創英社 2014年10月23日 他

流山市の庚申塔については 流山市立博物館調査研究報告書『流山庚申塔探訪』流山市教育委員会発行を参照しています

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