※2025年11月撮影

トップ画像は流山市市野谷の天神社。右につくばエクスプレスの高架橋、車窓からも神社が見えます。

社名碑は天神社。歴史のある神社ですが、樹木がほとんど無い真新しい境内。筆者も経験したコトの無い風景です。

※2025年11月撮影

地元である市野谷自治会のサイトに「天神社本殿は令和5年(2023年)から移転工事が始まる」という記事がありました。1年かかったとして2024年に現在の形になったと考えれば良いのでしょうか。訪問した2025年11月、雑草も無く、真新しい印象でした。

同時にネット上にあった天神社は深い森に囲まれた神社で、鬱蒼とした樹木が印象的でした。神社の住所は変わっていないので、場所は同じです。しかしかつての森の痕跡は、見わたす範囲にはありません。

詳細な記事が見つけられないので、経緯は不明です。

一の鳥居、扁額は「天満宮」。訪問した大畔天満宮と逆の現象です。

※2025年11月撮影

「流山100か所めぐり53天神社」があります。

※2025年11月撮影

内容は「江戸時代初期創建の市野谷の神社。祭神は菅原道真公。青面金剛が刻まれた庚申塔や市ノ谷と刻まれた力石などの石造物がある。」

これが力石。中央は「四拾貫目」なので150kgもあります。左の石には「元文×年」と刻まれているので1736~1741年。

※2025年11月撮影

新しく綺麗な手水舎で手と口を浄めます。

※2025年11月撮影

鳥居ではなく門の様なものをくぐります。こうして見ると植木がポツポツ植えられています。森になるには数十年かかりそうですが。

※2025年11月撮影

二の鳥居。これはちょっと古そうですね。

※2025年11月撮影

天神様に「お邪魔しています お騒がせしてすみません」とご挨拶。

※2025年11月撮影

社殿の左奥に庚申塔が列んでいました。奥(北側)は流山市立市野谷小学校。

※2025年11月撮影

12基も石塔が列んでいます。

※2025年11月撮影

右から2つ目、青面金剛像、邪鬼、三猿が綺麗に残っています。上部の種子は、ウーン(青面金剛)ではなくキリーク・サク・サ(阿弥陀三尊)。

高さは130cm(台座は含みません)。左上に享保八癸卯十一月と刻まれています。1723年。300年以上経っています。祈願銘は二世安楽。下総国小金領之内市野谷村と右側面にありました。

右の青面金剛と刻まれた塔は、高さ107cm。こちらの上部、種子はウーン(青面金剛)です。右側面に安永二年とあるので1773年。

※2025年11月撮影

左端、庚申塔と刻まれた塔は、高さ128cm。日・月は上部に左右にありますが種子はありません。右側面に弘化五年とあるので1848年です。

右から2つ目、青面金剛と彫られた塔の高さは128cm。こちらは上部に、日、月と種子ウーンがあります。右面に文化九年と刻まれているので1812年。

※2025年11月撮影

庚申塔群の前からの1枚。真新しい拝殿、幣殿、本殿。

※2025年11月撮影

実は、この日、5時に起床して、6時前に三浦半島を出発しました。8時半過ぎには流山おおたかの森駅近くでレンタカーをピックアップ。

天神社に9時に来ました。

これから流山市内の20か所以上を廻る予定です。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などはつくばエクスプレス(首都圏新都市鉄道株式会社)の許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

首都圏新都市鉄道株式会社 会社要覧2024

るるぶ情報板関東31 つくばエクスプレス JTBパブリシング 2025年5月1日

つくばエクスプレス沿線アルバム 生田誠 山田亮 アルファベータブックス 2023年8月5日

つくばスタイル No.12 枻出版 2011年4月10日

つくばエクスプレス 最強のまちづくり 塚本一也 創英社 2014年10月23日 他

流山市の庚申塔については 流山市立博物館調査研究報告書『流山庚申塔探訪』流山市教育委員会発行を参照しています

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