名前の通り、大井川鐵道本線(新金谷ー千頭間)を電気機関車に引かれた古い客車でゴトゴト往復する何とも長閑(のどか)な企画だ。

今回はその記念すべき第一回。しかし、今後継続的に行われるか否かは特に発表がなく残念ながら不明。

http://oigawa-railway.co.jp/archives/event/201604eldonkou
しかし大井川鐵道はホントに鉄分の濃い会社だ。「国鉄の旧型客車に11時間も乗り続けよう」という企画はハッキリ言って鉄道に興味のない人には全く理解できない、と思う。

確かに大井川鐵道の歴史を概観すれば判る様に昭和40年代まではふつーに実用的な鉄道会社だった。しかし昭和51年(1976)にSLの動態保存と観光列車化を始めてから大井川鐵道はずんずんと鉄分濃度が上がった。事業収入のなかりの部分をSL関連で得ているというし、昨年、たまたまトーマス機関車運転のタイミングに訪れて、その人気の凄まじさに吃驚したのである。

言い換えれば、中途半端を嫌い徹底的に趣味を追求する姿勢が潔いのだ。

ともあれ、今回のイベントは4月23日、午前9時半、大井川鐵道新金谷駅前「プラザ・ロコ」受付である。

東京駅を6:33に発車する新幹線で静岡に、東海道本線に乗り換えて金谷駅までやってきた。更に隣接する大井川鐵道金谷駅から9:01発の列車で新金谷に向かう。

入線してきたのは現在大井川本線の主力として2編成が稼働している元・近鉄16000系電車だ。到着した16000系電車は外装もとてもキレイな状態だ。

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16000系車内。フンワリしたシートの掛け心地も良い。

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ちなみに貨物輸送に注力していた時代には大井川鐵道とJR東海道本線は繋がっていたが昭和60年(1985)に分離された。

約5分で新金谷に到着。早速駅前「プラザ・ロコ」で受付を済ませる。今回のイベントに参加出来るのは80人限定。正確な数字ではないが申込が多く3倍以上の倍率であったらしい。それだけ人気があるのだ。

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新金谷駅舎の隣、線路脇にはホームが見渡せる藤棚があって、藤の花が満開だった。実は筆者は藤棚が大好き。

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この藤棚から今日運行される列車を見る事ができた。

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受付でもらった運行予定表では下り761列車は9:48に新金谷を出発する。改札は9:30なので出発までの時間に御存知の方も多いと思うが、簡単に大井川鐵道の歴史を振り返っておこう。

大井川鐵道は大井川の上流に水力発電用ダムを作るために敷設された路線だと漠然と思っていた。ところが、調べてみると第一次世界大戦の軍需産業と関東大震災による木材需要の高まりによる奥大井の木材を切り出して運ぶために企画された「駿府鉄道」がそのルーツだった。

しかし、鉄道敷設には莫大な資金が必要である。その資金を用意したのが電力需要の高まりによる水力発電所開発だったのである。大井川鉄道と改称されルートを現在のものに変えて大正14年(1925)に大井川鉄道株式会社が創立された。

昭和6年に金谷ー千頭間が全通。戦後、電源開発計画による輸送量増強のために昭和24年に全線が電化された。電気機関車(EL)3両が導入されSLは約30年後に復活するまでいったん姿を消した。本日のイベント列車を牽引するのはそのうちの1両である。

電源開発で奥大井の開発が進み、南アルプスが国立公園に指定され温泉も開発され観光客が増加。大井川鐵道は旅客中心の輸送体制に変わっていった。

しかし昭和40年代には沿線の過疎化が進行。電力用のダムも完成し旅客も貨物も輸送量が減少。当然経営は悪化したが沿線住民にとって大井川鉄道は不可欠の交通手段であった。

昭和44年(1969)から名古屋鉄道が経営に参加、私鉄経営のノウハウを導入し始めた。ここで定石の近代化・合理化が実施される。そして「大井川鐵道と言えばSL」の蒸気機関車の動態保存、観光列車運転が昭和51年(1976)に始まるのである。

実はこのSL導入にキーマンの役割を果たしたのが名古屋鉄道の技術者白井昭という人なのだが、目下白井さんについて書かれた『鉄道技術者白井昭 パノラマカーから大井川鐵道SL保存へ』(高瀬文人/平凡社/2012年)という本を読んでいる。回を改めてこの辺りの事情に関する面白そうな情報を記事にしたい

また、ネコ・パブリッシングという出版社から「RM LIBRARY」という鉄道に特化した素晴らしいシリーズが刊行されている。その96巻がこの白井昭氏本人による『大井川鐵道井川線』なのである。白井さんは大井川鐵道の副社長を務めた人でもある。

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・・・と改札が始まり9:48発761列車の出発時間が迫ってきた。行列が長かったのか改札は少し早めに始まった様だ。

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新金谷駅ホームに佇む本日のイベント列車。電気機関車E101が牽引する。この電気機関車は前述の様に電化された大井川本線用に三菱重工で昭和24年(1949)に作られた大井川鐵道用オリジナルである。

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E101の内部 台車上にモーターがある。意外に小さい。

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運転席も見える。

 

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今回客車が4両連結されている。千頭側から1号車「スハフ42 186」2号車「オハ35 22」3号車「オハフ33 469」4号車「オハニ36 7」。74ボックスの席に対して80人なのでほぼ一人で1つのボックスが占有できる。

まずは2号車「オハフ33 469」に席を確保した。

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三等車の表示がある。

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車内には昭和55年(1980)から国鉄が10年に渡って行ったキャンペーン「いい旅チャレンジ20,000km」のポスターが掲出されている。

ベストセラーになった昭和53年(1978)刊行の『時刻表2万キロ』(宮脇俊三/河出書房新社)がキャンペーンのベースになっていた。その後国鉄の分割民営化(昭和62年/1987)で多くの赤字ローカル線が廃止されてしまったが、新たな新幹線も開通しているので現在でも2万キロには足りないがJRの路線総延長は19835.9kmという。

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車内の様子。床は板張りである。心なしか郷愁を誘うワックスの香りがする。

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天井には懐かしい”JNR”(日本国有鉄道)ロゴの付いた扇風機。子供の頃から、このロゴが好きだった。

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発車まで時間があるのでホームをウロウロする。最後尾の1号車は「オハニ36 7」だ。昭和2年(1927)以前に製造された木造客車を筆者の生まれた昭和30~31年(1955~56)頃に鋼体化し、さらに昭和32年(1957)に台車をTR11からTR52に換装したものだ。昭和62年(1987)に福知山線での稼働を最後に廃車となったが大井川鐵道に譲渡された車両。珍しい合造車で半分が客車、半分が荷物車である。

荷物車部分も解放されていた。床に渡してある棒は滑り止めだろうか。

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扉の向こう側は客席だ。

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出発時間になりE101がピーッという特徴的なホイッスル汽笛を鳴らし走り始めた。予想外に力強い加速だ。千頭に向けて進行方向右側車窓に大井川が広がる。乗り心地は現代の車両とは異なり”ダイレクト”な感じ。しかしこの座席に11時間近く座っているのは少々辛いかもしれない。

761列車は各駅に停車しない。最初の停車駅は新金谷から5つ目の福用。10:07に到着ここで新金谷行登りと列車交換。

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ホームが短い。先頭の電気機関車と4両目の客車はホームからはみ出している。青空バックでパンタグラフがよく見える。

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最後尾は1号車もホームにおさまりきらない。

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交換する上り列車は元・南海高野線急行用車両の21000系が来た。

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12分停車して761列車は再び千頭に向かう。次の停車駅は2つ先の家山だ。家山駅の手前、大井川に400mにわたって約100匹の鯉のぼりが泳いでいた。なかなか壮観。

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10:28家山に到着。2分後に出発なので停車時間は短い。家山駅には元・京阪本線で特急として使用されていた3000系が置かれていた。「テレビカー」として親しまれた車両だ。京阪は軌間が新幹線と同じ標準軌(1435mm)のため、車体のみが使われ台車は元・営団地下鉄(現・東京メトロ)5000系のものに換装されている。京阪特有の「鳩マーク」が見える。平成27年(2014)に老朽化と検査切れで営業運転を終了し保留車となっている。

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車体の表面塗装はかなり痛んでいる。

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列車交換はなく走り出した761列車は抜里駅の先で第一橋梁を渡り大井川の反対側を走る。全幅2900mmの客車に対し全幅2700mmのE101の幅が狭いことが視覚的によくわかる。

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今度は千頭に向かう進行方向左側の車窓に大井川が広がる。塩郷駅を過ぎると塩郷ダムが遠くに、そして有名な塩郷の吊り橋が見えてくる。

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終点千頭の1つ手前、崎平に11:07着。

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11:14、終点の千頭に到着。

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早速、762列車のために電気機関車を新金谷側に接続する作業が始まった。今度は今手前側(千頭側)の4号車「 スハフ42 186」が最後尾になる。トイレは3・4号車にある。

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何しろ簡単な朝食を食べ、自宅を朝の5時過ぎに出てきたので猛烈に空腹である。千頭駅に来たら「駅そば」でしょ、と天玉そば(520円)を食べる。嗚呼、美味しいなぁ。

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千頭駅前広場。右側に「SL資料館」の入口がある。

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せっかくなので「SL資料館」を覗く。100円を入れて見学。今日のイベント列車乗客は鉄道に詳しい趣味人が大半なのか入場者は誰もいなかった。

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SLのカットモデルや

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かつて大井川鐵道で使われていたタブレット閉塞器がある。

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中央に大きなジオラマもある。

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上り新金谷行762列車は11:55発。まだ時間があったので客車の車両を見て歩いたが、いささか長くなるので762列車以降は次回に続くということにしたい。

しかし、応募が限定参加人数の3倍もあったというのだから、ある種の層にはとても魅力的なのだが、身体的にはややハードな企画かも、という印象だ。

とは言え、大井川鐵道沿線はお茶どころ、川根茶の産地なので車窓にはお茶の新緑が広がり何とも美しい。ゆっくりと走る列車からこの風景を観ているだけで新鮮な日本茶を喫したような瑞々しい爽快感に満たされる。

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大井川鐵道「長距離鈍行列車ツアー」その2に続く。

(写真・記事/住田至朗)