油断も隙も【私鉄に乗ろう93】山陽電車 その17

2019.09.23

駅名標。1923年(大正12年)神戸姫路電気鉄道開業時に現在の位置から約200m神戸寄りに設置。1928年(昭和3年)藤江競馬場専用として開催期間中に限り営業する臨時駅が現在地に開業しています。
1933年(昭和8年)山陽電鉄の駅になりました。1938年(昭和13年)藤江競馬場廃止に伴い臨時駅も営業休止。1943年(昭和18年)営業休止中の臨時駅を藤江駅として復活させ、旧駅を廃止しました。

競馬場だけではなく、駅の近くには屏風ヶ浦海水浴場、松江海水浴場があって夏場は楽しそうです。

上り島式ホーム。写真を撮れませんでしたが駅舎が1986年(昭和61年)に改築されています。

藤江駅を出ると、またもやアップダウン。そして例の黄色い標識「ここから」「× 止まるな!」「× 止まるな!」「○ クリア」がありました。けっこう多いですよね。

2.0kmで林崎松江海岸駅。「はやしさきまつえ」海岸と濁音の無い駅名です。ホームがカーブしているので上手く写りません。

上りホーム。奥に地下通路への階段があります。上り下り線の間が空いているのは、以前折返し線があったからです。駅自体も現在よりも東(神戸)側にありました。

駅名標。1941年(昭和16年)電鉄林崎駅として開業。川崎航空機明石工場の従業員輸送が主目的の設置。1991年(平成3年)林崎松江海岸駅に改称。現在も駅の北側に川崎重工業明石工場があります。元は川崎航空機明石工場だったのかな。もちろん南の海には林崎松江海岸があって海水浴場もあります。

一瞬眼を離したら高架線になっていました。油断も隙もあったもんです。(笑)

※読者から「油断も隙もあったものじゃない」が正しいとご指摘を戴きました。その通りなのですが、実際には眼を離していた隙に高架線になってしまっていたので、あえて「あったもん」と書いた次第です。ご指摘ありがとうございました。筆者は時折、意図的にこの様な「勝手な変換」を行うことがあります。御宥恕ください。

1.5kmで西新町駅。手前に引き上げ線が設けられています。

ここも下りホームにヘルメット姿が見えます。

駅名標。1923年(大正12年)神戸姫路電気鉄道開業時に設置。1933年(昭和8年)山陽電鉄の駅になりました。2007年(平成19年)から高架化工事が始まり、2015年(平成27年)に完了し高架駅になりました。

駅の南西500mに切支丹大名で有名な高山右近が築城した船上(ふなげ)城がありました。当時はキリシタン大名としての高山右近よりも建築・築城の名人として高名であった様でバテレン追放令で城を追われた高山右近は前田利家に築城家として迎え入れられ金沢城修復、高岡城、富山城を手がけたと言われています。茶人としても名を残し(利休七哲の一人)、さらに武将としても優秀で前田利家旗下で武功をあげました。なかなか才能の豊かな人だったのですね。徳川家康のキリシタン禁止令でマニラに追放され63歳で客死しています。

次駅は明石駅、やっと海が・・・。【私鉄に乗ろう93】山陽電車 その18 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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