世界的に有名な渋谷 でも地名のオリジナルは高座渋谷【駅ぶら01】小田急江ノ島線13

2019.11.13

長後駅を出て「渋谷駅」に向かいます。正確には高座渋谷駅ですが、実は今回訪れるまで筆者は高座渋谷駅の存在を知りませんでした。日常的に小田急江ノ島線を利用していない人は、渋谷と聞けば山手線の方を思い浮かべると思って意図的に「渋谷」と書きました。悪しからずご了承ください。

長後駅を出ます。踏切の右側にもシャッターが閉められた元店舗が見えます。何となく申し訳ない気がして、長後のシャッター街を写さずに来ましたが、実際はこんな店舗がズラッと並んでいました。

トップ画像がこのカットの直後ですが、快速急行片瀬江ノ島行とすれ違います。小田急8000形電車、1983年(昭和58年)製ですが、VVVFインバータ制御に更新されています。6両固定編成。

高座渋谷駅が見えてきました。長後駅から2.2km。

お馴染みの相対式ホーム2面2線に跨線橋の組み合わせです。幸い跨線橋は相模大野駅側にありますね。ホームがカーブしています。にわかに信じられませんが、このホームの下を東海道新幹線が通っています。

各駅停車相模大野行の先頭車両を降りました。

ホームから西口側の駅前広場が見えます。ロータリーがあります。右のビルにデラックスな銭湯が入ってました。風呂好きとしては、思わず注目しちゃいますねぇ。

駅舎は橋上では無くそれぞれのホームの相模大野駅側にあります。これは下りホームの駅名標と改札口。仲の良さそうなカップル。二人の表情も良い感じなのですが・・・。

高座渋谷駅は1929年(昭和4年)江ノ島線開通時に開業しました。当時の駅所在地は高座郡渋谷村でした。既に東京府南豊島郡渋谷町(現・渋谷区)に国鉄の渋谷駅があったので郡名を付けて高座渋谷駅とされました。渋谷村は中世以来の荘園渋谷荘から命名されています。相模渋谷氏の本貫地です。

東京の渋谷はこの相模渋谷氏の領地だったために渋谷とされたもので、こちらの高座渋谷の方が渋谷のオリジナルというワケです。1952年(昭和27年)桜ヶ丘駅が新たに作られたために高座渋谷駅は片瀬江ノ島駅側に600m移設されました。

こちらは上りホームの改札口。2006年(平成18年)に新しく作られました。

西側の駅出入口。駅前広場に面しています。

線路脇の道路に掲示されていました。片瀬江ノ島駅から長後駅までは藤沢市内でしたが、この駅から大和市に入ったのです。駅から徒歩圏内の旧跡が示されていますが、一番近くて800m、往復するとけっこう良い散歩なのですが、今日は先頭車両と跨線橋の間や駅周辺を歩いているし、夕暮れが近づいてきたので諦めます。

個人的にはこちらの「大和市内の古地名」の方が興味があります。1889年(明治22年)の町村制施行で下鶴間村、深見村、上草柳村、下草柳村が合併して新しい村になった際にもめたので「大きく和する」という願いをこめて大和村に改名されたことが大和市の始まりだそうです。住居表示実施などで消えてゆく字・小字が赤い文字で標されています。これは良い記録ですね。古地図を見る楽しみもありますが、路傍にこの札があるのは面白いです。

相模大野駅側の踏切を渡ります。カーブしているホーム。

駅東側にも2012年(平成24年)に整備されたバスロータリーがあります。神奈中のバスが停まっていました。

先ほど上りホームから写した下りホームの改札口です。

跨線橋を渡って上りホームに戻って各駅停車相模大野行に乗って次の駅に向かいます。跨線橋のサッシ窓は開きませんでした。

駅に下り立った時は「何でここに渋谷があるの?」と思いましたが、ここがオリジナルの渋谷だったのですね。知らなかった! 5歳の女の子に「ボ〜ッと生きてるんじゃね〜」と怒られそうですね。

【駅ぶら01】小田急江ノ島線14 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


LINEで送る

オススメ記事

こちらの記事もオススメです