つくばエクスプレス【駅ぶら】041 南流山駅 その2 東福寺 庚申塔

※2025年10月撮影
トップ画像は南流山駅から北東に700メートルほどの東福寺参道。奥に見える階段を上って山門をくぐれば境内。
ここには庚申塔がたくさん列んでいます。筆者は江戸時代の庚申塔が好きです。電気のない夜、静けさの中で決して豊かとは言えない庶民たちは、何を願ったのでしょうか。
※2025年10月撮影
早速庚申塔をじっくり眺めます。一番左は庚申塔ではありません。2つ目は青面金剛が邪鬼を踏んでいます。高さは、123cm。ショケラ(女性、多くの場合髪を摑まれています)と、宝剣も見えます。下部には「お約束」の3猿(見ざる 聞かざる 言わざる)。右側には「延享四丁卯天十一月鰭ヶ崎」と刻まれています。
1747年、278年前です。鰭ヶ崎の人々は初冬に何を念じて夜を明かしたのでしょうか。
※2025年10月撮影
その右、やや小ぶりで「青面金剛」と文字が刻まれた庚申塔は高さ103cm。上部には「日」「月」と中央刻まれた不思議な文字は「種子」と言って、密教で仏を表す梵字です。この文字は「青面金剛=ウーン」を表しています。サイドに「寛政七年」とあり1795年です。その右の少し大きい塔は高さ113cm。「青面金剛」と文字が彫られ上部には「日」が二つ、間に「ウーン」。2基とも基部には3猿。
左の塔の右側面には「下総国葛飾郡鰭ヶ崎邑」と刻まれています。「邑」は村です。手前の塔には「安永三甲午歳」とあるので1774年です。
※2025年10月撮影
下の写真、左端は「庚申塔」と文字が彫られています。側面に「文政十二年」とあるので1829年です。
さらに3基、青面金剛像が刻まれた庚申塔が列んでいます。
※2025年10月撮影
左は像が最も綺麗に残っています。元文元年(1736年)十月と刻まれています。真ん中は、青面金剛像が傷んでいますが上部の「日」や「月」はとても綺麗に残っています。これは享保16年(1731年)11月の日付が刻まれています。
※2025年10月撮影
右の大きめの庚申塔は、青面金剛と邪鬼、3猿が辛うじて分かりますが日付は判読できません。
さらに参道の左側には、97基の庚申塔が列んでいます。住職さんは「百庚申」と呼んでおられました。
※2025年10月撮影
次回も東福寺の庚申塔を拝観します。
(写真・文/住田至朗)
※駅構内などはつくばエクスプレス(首都圏新都市鉄道株式会社)の許可をいただいて撮影しています。
※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。
※参照資料
首都圏新都市鉄道株式会社 会社要覧2024
るるぶ情報板関東31 つくばエクスプレス JTBパブリシング 2025年5月1日
つくばエクスプレス沿線アルバム 生田誠 山田亮 アルファベータブックス 2023年8月5日
つくばスタイル No.12 枻出版 2011年4月10日
つくばエクスプレス 最強のまちづくり 塚本一也 創英社 2014年10月23日 他
流山市の庚申塔については流山市立博物館調査研究報告書『流山庚申塔探訪』流山市教育委員会発行を参照しています
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