前回東京五輪のレガシー(遺産)東海道新幹線の開業を振り返る 日本に高速鉄道時代がやってきた【取材ノートからNo6】
国際観光都市・京都に全列車が停車
前回の東京オリンピック開会式わずか9日前の1964年10月1日、東海道新幹線が開業しました。当初のダイヤは、東京―新大阪間を4時間で結ぶ超特急「ひかり」が1日14往復、各駅停車タイプの特急「こだま」が同じく12往復の合計26往復でした。これに加えて、「こだま」は早朝や深夜時間帯に東京発静岡行き、新大阪発名古屋行きといった区間運転が4往復設定されていました。
超特急の停車駅に当初案では京都が含まれていませんでした。しかし、国際観光都市の表玄関ということで、最終的に全列車が停車することになりました。今回、久しぶりにJR時刻表で東海道新幹線のページを見たら、静岡、名古屋、米原、京都の4駅に、着時刻と発時刻がそれぞれ掲載、他の駅は発時刻だけでした。
記憶をたどれば、昔の時刻表の京都駅は発時刻だけの表記でした。小学生だった私は、全列車が停車する京都駅が、なぜ発時刻だけしか載っていないのだろうと、不思議に思ったものでした。
営業運転で路盤を固める
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新幹線は開業前、「ひかり」は東京―新大阪間3時間、「こだま」は4時間で結ぶ計画でした。それが、1時間も余計に掛かったのは、建設が急ピッチ過ぎて路盤が十分に固まっていなかったため。オリンピックに間に合わせるのが至上命令で、とにかく突貫工事でした。最近の整備新幹線は、多くがトンネルや高架構造ですが、東海道新幹線には盛土区間も多くあります。
ちなみに、開業時の東海道新幹線の最高運転速度は時速210キロ。前回コラムで羽越新幹線の「中速新幹線」の話題に触れましたが、初期の新幹線は、今から振り返れば中速新幹線だったわけです。
閑話休題、今は新幹線というと、「300キロ運転」と思ってしまいますが、新幹線が実際に時速300キロで走り始めるのは、東海道新幹線開業からはるか30年も先。1997年の500系「のぞみ」登場時まで待たねばなりません(東海道・山陽新幹線の300キロ運転は山陽新幹線区間のみ)。