2025年に完成を迎えた鉄軌道プロジェクトで視覚的に大きなインパクトを与えたのが、8月3日にスタートした広島電鉄(広電)のJR広島駅ビル乗り入れでしょう。
地上を走っていた路面電車が広島駅前で高架に駆け上がり、新しい駅ビル「ミナモア」の2階フロアに吸い込まれる。JR広島駅は橋上駅で、山陽新幹線や在来線からの乗客はアップダウンなしに広電に乗り継いで広島市内中心部に向かいます。

鉄軌道の話題豊富な117万都市で開かれたのが、「人と環境にやさしい交通をめざす全国大会in広島」。2005年の初回から12回を数える市民フォーラムで2026年3月15日、広島市佐伯区の広島工業大学を会場に、一般市民、鉄軌道事業者、研究者らが議論を交わしました。
本コラムは広電と宇都宮ライトレールで常務を務めた中尾正俊さんの基調講演を中心に、広島駅プロジェクトのポイントをまとめました。

「路面電車の神様」

人呼んで「路面電車の神様」。中尾さんはLRT(ライトレールトランジット=次世代型路面電車)を構想した宇都宮市の要請で、2015年に広島から栃木に赴任。2023年8月の開業を見届けました。2025年にはおよそ60年に及ぶ鉄軌道人生を回顧する書籍「路面電車の神様、広島から宇都宮へ、奇跡がつないだ14.6キロ」が刊行されました(JTBパブリッシング刊。著者はノンフィクションライターの山中利之さん)。

「人と環境にやさしい交通をめざす全国大会in広島」で基調講演する中尾さん。宇都宮赴任時の家族の応援を披露するなど、人柄を感じさせるスピーチで大きな拍手を浴びました(筆者撮影)

広島駅の略史。明治年間の1894年に初代駅舎(木造)が誕生しました。時代が大正に変わった1912年に広電の前身の広島電気軌道が開業。1922年には日本初めてとされる、鉄筋コンクリート造2階建ての新しい駅舎が完成しました。

1945年8月6日の原爆投下。しかし、3日後には路面電車の運行が再開され、人々を勇気付けました。
高度成長期の1965年には地上6階、地下1階建ての広島ステーションビル(広島民衆駅)が完成、長く広島のシンボルとして親しまれました。
4代目駅舎の新駅ビルは、広電乗り入れに先立つ2025年3月に開業。地上20階、地下1階建てで、地階から地上9階が商業ゾーンの「ミナモア」です。

路面電車が乗り入れるミナモア2階フロアの平面図。ホームは一見2面4線ながら、実際は一部を切り欠きにして5本の列車が発着できるようにしています(資料・広島市)

歩かせない、濡らさない、待たせない

都市公共交通にとって最も大切なのは何か。中尾さんは「交通結節機能」と説きます。交通結節機能とは、具体的にはJRから広電へのスムーズな乗り継ぎ。広電が駅ビル乗り入れで目指したのは「歩かせない」、「濡らさない」、「待たせない」だそうです。

駅ビル乗り入れ前の広電広島駅(正式には広島駅停留所)、電車の収容能力が不足し、ラッシュ時は入線待ちの電車が列をなしていました。電停のある駅南口広場は待合スペースが不十分、にぎわいや交流の場としても機能強化が求められていました。

広電ホームをのぞむ「賑わい広場」。電車を見ながらの喫茶タイムが楽しめます(筆者撮影)

広島駅整備のそもそも。1999年に関係機関が「新たな公共交通体系づくりの基本計画」を策定。2010年代初頭、駅南口に高架で路面電車を乗り入れるという発想が関係者の間で芽生えました。

駅乗り入れと並ぶもう一つの課題が駅へのルート。路面電車は駅前をう回し、東側から駅に入っていました。駅前通りに軌道を敷設すれば直線的に駅に入線でき、市内中心部への所要時間を短縮できます。

「広電進入部をシンボリック空間に」

そうした中、2020年にJR西日本が広島駅ビル建て替えに着手。2023年に広電の新線「駅前大橋ルート」(広島駅~稲荷町~比治山下約1.1キロ)で稲荷町交差点の軌道工事が始まり、2024年までに駅ビルに入る高架構造物の建設もスタートしました。

JR西日本と、グルーブの駅ビル運営会社・中国SC開発によるミナモアのデザインコンセプトは「駅前ルートと広島駅自由通路の基軸線を明確にして、広電の進入部分をよりシンボリックな空間にする」。
本コラムのタイトルカットをご覧いただければ、「駅(駅ビル)に路面電車が吸い込まれる」感覚をご理解いただけるでしょう。

5%の急勾配を路面電車が駆け上がる

若干専門的になりますが、広電の駅進入部を深掘りします。
先述のように駅前大橋ルートは約1.1キロ。うち850メートルは地上を走り、駅直前259メートル区間で駅ビル2階に上がります。

構造的には駅側から橋りょう(112メートル)、盛り土(72メートル)、橋りょう(75メートル)の3区間に分かれます。
コアな鉄道ファンに話題なのが駅進入部の勾配。最急5%になります。5%勾配とは、本サイトをご覧の皆さまにはこの用語がおなじみかもしれませんが「50パーミル」です。

5%勾配を駆け上がる広電。画像は橋りょう部に挟まれた盛り土部です(筆者撮影)

「1000メートル進んで50メートル上がる」といわれてもなかなかピンときませんが、参考になるのがかつての鉄道の難所、群馬、長野県境、在来線時代のJR信越線碓氷峠です。

電車特急や急行を専用EL(電気機関車)のEF63で押し上げた碓氷峠は最急66.7パーミル。この数字を挙げれば、駅前大橋ルートがかなりの急勾配ということがお分かりいただけるでしょう。

中尾さんの話では、路面電車が5%勾配を登坂できる確証がなかったため実車で検証。その結果、最も非力な広電の電車も駅ビル2階に無理なく入線できることが判明。情報は宇都宮にも共用されました。

余談ながら、宇都宮ライトレールの最急勾配は広電を上回る6%(60パーミル)。広電の経験は、宇都宮に生かされました。

宇都宮ライトレールの6%勾配区間。新規開業の宇都宮LRTは新製車両で統一されます(2026年1月に筆者撮影)

広電乗り入れで駅ビル来街者は倍増

広電の駅ビル乗り入れの効果はいかに。

新線・駅前大橋ルートの路線図。説明の通り、広島駅から市内中心部への所要時間が短縮されました(資料・広島市)

基調講演に続くパネルディスカッションでコーディネーターを務めた呉工業高専の神田佑亮教授によると、ミナモア開業前の2025年2月に1時間当たり5000人そこそこだった駅ビル来街客は、同8月の広電乗り入れ後には1万人以上に倍増。なかでも女性が大幅に増えたということです。

広島駅から駅前大橋ルートを遠望。道路部と軌道は明確に区分され、上下線の軌道間に架線柱を建てるセンターボール方式で景観にも配慮しています(筆者撮影)

全国大会をきっかけにした広島訪問、筆者は広電に全線乗車してきました。広島港、横川駅、広電宮島口といった広島駅以外の停留所や、新しい路面電車ネットワーク「循環ルート」については続報でご報告させていただきます。ぜひご覧ください。

(TOP写真:広島駅ビルに入線する広電。広島駅発の電車は広電宮島口、広島港など行き先別におおむね4系統に分かれます・筆者撮影)

記事:上里夏生

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